<   2008年 06月 ( 4 )   > この月の画像一覧


2008年 06月 26日

フィリピンの和夏(その3)

和夏のママがマニラの観光地にも行ってみたいとのこと。イントラムロスのフォート・サンチャゴ(サンチャゴ要塞)を案内することにした。和夏とママと私と女房の4人。
b0018885_627467.jpg
フォート・サンチャゴの門の前で。
あの石の上の紋章、どんな意味があるのかな。
なんだか歴史が感じられるよね。
スペイン植民地文化の痕跡が見られる城壁都市イントラムロスの北西に位置する。

b0018885_629854.jpg
中に芝生の広場が広がっている。近くの大学の学生さんなのだろう。思い思いに歓談したり身体を動かしたりしていた。

b0018885_6295365.jpg
太平洋戦争末期のアメリカ軍爆撃による廃墟の跡をそのままにしている。
サンチャゴ要塞には、日本軍憲兵隊司令部があった。
大勢のフィリピン人がゲリラ嫌疑で殺されたようだ。
日本と関係のない場所じゃないんだぜ。
米軍の爆撃時、日本兵も死んだろうが、大勢のフィリピン人も死んだ。
日米の闘いで、関係のない市井のフィリピン人がたくさん死んだのだ。
イントラムロスの廃墟は、当時の苦難、戦争は絶対悪だという思いを風化させないために、そのままにしている。


b0018885_6302629.jpg
和夏がたどっているこの足跡、何かわかるかい。
1892年、フィリピンの英雄ホセ・リサールはスペイン総督府によって銃殺された。彼が監禁されていた場所から刑場まで歩いた道らしい。

b0018885_6322042.jpg
後方に見える二つの搭は、マニラ大聖堂(マニラ・カセドラル)

b0018885_6325130.jpg
マニラ大聖堂の内部で
フォート・サンチャゴに来る前に立ち寄ったのさ。

b0018885_6332438.jpg
和夏ちゃんとマーリンちゃん。
二人の話を聞いていると面白い。友達同士みたいだ。
和夏は、こわいから、ママの言うことはよくきく。マーリンちゃんのいうことはあまりきかない。
マーリンちゃんは、世間並に、和夏ちゃんには大甘だものな。

b0018885_634295.jpg
北西側はパシグ・リバーに面している。
なんたって、ここはかってイントラムロスを守る軍事要塞だったんだ。
日本の城のお堀と同じさ。
向こう岸はチャイナ・タウン

b0018885_63439100.jpg
この階段は佐太郎にはきつい。
前に何度も上っているので、今回はパス。

b0018885_6351664.jpg
和夏ちゃんとママ
イントラムロスは、スペインのフィリピン支配の拠点。
それに引き続き、アメリカ、日本のそれぞれの支配の拠点でもあった。
和夏、大きくなったら、その歴史をたどって探索してみたら。

b0018885_636113.jpg
土産物のお店を物色中の女性陣。
つきあいきれないや。
買い物は3人にまかせ、私は前のベンチで休んでいた。
b0018885_6372974.jpg
二人の浜松ギャル
リサール・シュライン(リサール記念館)に飾られていたおせいさんの肖像画と和夏。
二人とも、浜松出身。
おせいさんはホセ・リサールの日本人の恋人とのこと。
肖像画から見ると、おせいさんって綺麗で官能的な女性だよな。
静の中にうごめく奔放な情熱をみてしまう。
でも、恋人という説明にちょっと納得いかない感じもする。
リサールが日本に滞在していたのは1ヶ月半くらい。そんな短い期間に一般的にいう恋人なんて関係成立すると思かい。
おせいさん、没落士族の娘で教養のあるしとやかな女性であったようだ。
一説によると、静岡県浜松の出身。横浜の南京屋敷(当時の外国人居留地、今の中華街あたりらしい)で働いていたとのこと。
佐太郎が無責任に推測するに、素人さんじゃあ、ないな。それなりの職業の女性だよ。例えば、現代風に言えば、外国人エクゼクティブ御用達の高級コール・ガールとか。ハハハ。
リサールと東京、箱根、日光に一緒に行ったり、東京を案内して歌舞伎を一緒に見たりしている。
恋人が「恋しく思う人」という意味なら、正解。
リサールは手記の中におせいさんへの未練を書き残している。(←インターネットから拝借、ゴメン)

  日本は私を魅了してしまった。美しい風景と、花と、樹木、
  そして平和で勇敢で愛嬌ある国民よ、おせいさんよ、
  さようなら、さようなら・・・

  思えば私はこの生活をあとにして、不安と未知に向かって旅立とうとしているのだ。
  この日本で、私にたやすく愛と尊敬の生活ができる道が申し出されているのに。

  私の青春の思い出の最後の一章をあなたに捧げます。
  どんな女性も、あなたのように私を愛してはくれなかった。
  どの女性も、あなたのように献身的ではなかった・・・

  もうやめよう。みんなおしまいになってしまった。
  さようなら。さようなら。

革命の志士、英雄の人間的側面がみえて感動してしまうじゃないか。
リサールが銃殺になったのは、この4年後。
とにかく、短い時間でも濃密な時間を過ごし、お互い強く魅かれあったとしても不思議はない。
リサールにとって、おせいさんは張りつめた人生の束の間の癒し。おせいさんが日本そのものだったのかもしれない。
これは、もう恋人と言っても何らさしつかえないな。
ラブ・スト-リーの絶好の素材じゃないか。

b0018885_6401538.jpg
  ジジとババと孫と・・・・
 「ジジはもう疲れてしまったよ」
 「和夏、そろそろ帰ろうか」
 「いいよ」

サンチャゴ要塞は素敵な場所だったね。
さよなら。さよなら。

by wakahiroo | 2008-06-26 06:30 | ★家族のいる風景
2008年 06月 22日

「横浜コトブキ・フィリピーノ」と我が青春

「横浜コトブキ・フィリピーノ」
(出版社) 現代書館 2000円+税 
(お薦め度)*****
ごめん。書評を書くつもりだったのに、途中で我が青春の回想談になってしもうた。
b0018885_7405046.jpg


いい本に出会った。
フィリピン関係の本をマニラで読もうと、神田の本屋で何の期待もせずに購入した数冊の本の一冊。
神様は気まぐれだ。ときには願ってもない最高の出会いを演出してくださる。

男女の出会いは異なもの味なもの。
ロマンスを夢みて私の王子様と期待して近づいたのに、残酷に裏切られ最低の仕打ちを受けることも多い。たまさか居合わせて顔見知りになり第一印象が最悪だったのに、いつの間にか魅かれ合い生涯を寄り添う伴侶となっているなんてこともある。
出会いなんてそんなもの。
人為的出会いは邪念と欲望に裏打ちされている。偶然の出会いは不純な下心とは無縁。それだけに無上の喜び、予想外の高みへと導かれることがよくある。
この本との出会いはそんなところ。
本との出会いも異なもの味なものなのだ。

いろいろな意味で考えさせられる本だ。
家族という幻想について、意のままに踊らぬ人生について、人の運命の不思議について・・・
作者レイ・ベントゥ-ラの日本との出会いも決して好ましいものではなかった。
マルコス政治の強権から逃げ出してきた元コミュニスト。海外逃亡者がそのまま不法滞在の出稼ぎ労働者となって横浜寿町に隠れ棲む。
立ちんぼとして日雇い労働。日本の繁栄から取り残された必要悪、社会の安全弁の街コトブキ。不法滞在者には優しく住みやすかったようだ。その間に日本女性と知り合い、やがてフィリピンで結婚。そんな逆境でも、ジャーナリストとしての夢を持ち続け、地道に力を蓄えていく。
いつしかコトブキは作者の第二の故郷、いや原点になっていく。


「寄せ場」「立ちんぼ」という言葉を聞くと、私はほろ苦い懐旧の情にかられる。
この本の副題は「into the Country of Standing Man」。立ちんぼがStanding Manかい。横浜コトブキがthe Country of Standing Manかい。思わず微苦笑してしまう。

ところで、「立ちんぼ」っていう言葉、知ってるかい?
日雇い労働者の集まる寄せ場(臨時の私設職業紹介所みたいなものじゃい)で立ちながら、手配師が建設現場の仕事を紹介してくれるのを待っているんだ。立ちんぼは、その日の仕事の口がかかるのを「じっと立ち尽くして」忍耐強く待っているのさ。だから、立ちんぼ。
仕事がなければ、それ切りさ。

二十代の約二年間、私は断続的ながら立ちんぼをやっていた。
私が通ったのは高田馬場にあったマイナーな寄せ場。新宿の盛り場、歌舞伎町からも歩いて行けた。早朝、JR高田馬場駅の南口近くの公園前に立っていると声をかけられる。マイクロバスに乗せられ首都圏各地の建設現場に出向き、日雇いの肉体労働を提供して日銭を稼いでいた。週数回、気が向いたときだけ出かけた。若かったし景気もよかったし、仕事にあぶれることはまずなかった。ゲンバの仕事が終われば、金がなくなるまで全くの自由人でいることができる。厳しい労働にストイックなまでに打ち込み、それまで経験したことのない充実感を味わったものだ。お陰で、デスクワークしかできない「頭でっかちの軟弱野郎」というコンプレックスを解消することができた。ただし、基本的には甘えがあったと言っていい。いつ止めても生活はなんとかなるという逃げ場があったからだ。日雇い仕事がずっと続くという境遇だったなら早々とつぶれていたろう。
でも、見方を変えれば、もっとも贅沢な時期を過ごしていたのかもしれない。昨今のフリーターの元祖だった。まだ明けやらぬ早朝、白い息を吐いて公園前の路上にたたずみ、手配師が声をかけてくるのを、今日はどんな仕事がまわってくるかという期待と不安ではりつめた気持ちで待つ。マイクロバスに乗り込みゲンバに向かう。穴掘り、資材搬入、高所での作業、片付けなどなど、仕事は種種雑多。危険な仕事、半端でない仕事も多かった。が、肉体はむしろ苛め抜かれることを歓んでいた。疲れて張った筋肉に残っている働いたという実感。今日も頑張ったという陶酔感。おいしい酒が飲めた。おいしい飯も食えた。仕事がら体力もつき気も荒くなっており喧嘩もよくした。酒もよく飲んだが、本もよく読んだ。映画もよく見た。肉体と精神のバランスがうまく取れていた黄金の日々。

ところで、なぜ立ちんぼだったのかって。
よくぞ聞いてくれた。その頃の自分を弁護しよう。
若い頃の私は、アナキストを気取り、あらゆる権力、権威を否定していた。絶対的な自由を夢想していた。無邪気なものさ。時代的風潮もあり、新左翼シンパでもあった。エンゲルスの著作に影響を受け、新左翼系雑誌・書籍をむさぼり読み、過激派にも憧れる。
が、軟弱なデモに参加するくらいが関の山。積極的に武装闘争に入っていく根性はなかった。慎重だった。それほどの馬鹿でもなかった。
参加していても逃走したろうな。アナキストは過激派内部の権力にも否定的なんだ。
ハイジャック、銀行強盗と闘争はいっそう先鋭化する。違うなと本能的に感じた。これは破綻すると確信した。
違う。違う。違う。
民衆の次元にまで下りろ。弱者の立場を感じ取れ。大衆の目線でものを見ろ。闘いとは地道なもの、突出することではない。そう考えるようになっていた。
成田闘争のデモにも行った。新宿騒乱で石も投げた。
しかし、こんなことで社会が変わるとは到底思えなかった。
一過性の自己満足、むなしい自慰的行為。反抗期の未熟な青二才のやること。そう客観視できるほど、冷静でしらけていた。
底辺労働をしたことがないインテリがプロレタリーアートを語るのはおかしい。激しい肉体労働もせず、共産主義をアジるのも、労働者の味方面するのもおかしい。

振り上げたこぶしをどう収めるか。青い自分とどう決別するか。夢中になったゲームから降りるには、それなりの理由が必要だった。
敗北者、落伍者、負け犬という言葉がちらついた。
それでも良いと思ったもののできれば避けたかった。
頭の中で育んでいた思想のようなものを捨て去る道を模索していた。胸の中でくすぶり噴火したがっているパッションをなだめる着地点を見出したかった。

新しい方向に踏み出すための猶予期間が欲しかった。
アジアの辺境を一人旅してみることにした。
まとまった金を稼がなければならない。
友人と一緒に飯場に入った。そこで、肉体労働に目覚めていく。
これだ! 
己の闘いは、敵の末端と暴力で渡り合うことではない。肉体を酷使し自分を変えていくことだ。
社会の底辺で重労働に没頭して男になるんだ。免罪符になると思った。
今思うに、かなりの単細胞だったようだ。
でも、その頃の私には必然かつ必要な過程だった。

とにかく、私は立ちんぼからたくさんのものを学んだ。
その点はレイ・ベントゥ-ラと同じだ。レイは、コトブキからの視点で世界を見ること学び、ジャーナリストとしての基盤を築いた。定職を持ち決まった収入を得ることよりも、自由な表現者であることを優先する。安直な道を拒絶して自分の夢を追い続ける。なかなかできることではない。

私が、作者に共感以上のものを抱くのも理解できるやろ。
似たような人生の軌跡をたどっててきた。
立ちんぼとして厳しい肉体労働の体験。未熟な左翼的思想とそれからの決別。日比の国際結婚と日比混血の子供の誕生。
こう並べてみると、本当に共通点が多いだろ。
この本は私のノスタルジーを駆り立てる。私の青春をプレイバックさせる。
作者との一番大きな違い。文章を書いていないことだな。
だから、私の残された時間を日曜作家として遊んでやろうってわけさ。

私はしかつめらしい文章や議論が嫌いだ。
その点、この本は私の感性に合っている。ノンフィクションでありながらフィクションのように読める。実在の人物を追った記録、ノンフィクションでありながら、詩的・文学的な表現もそこここに見られる。訳者の功績も大なのであろうが、レイは文学的巧みな描写を駆使するしなやな表現者でもある。
この本はノンフィクションではあるが、優れた「出会いと別れの物語」にもなっている。


ディアスポラ(離散)は、現在、フィリピン人の抱える大きな問題である。
この本は出稼ぎ国家フィリピンの一側面、家族の離散・崩壊を様々な形で見せつける。
独身のふりをして日本でも家族を作る浮気性の男、フィリピーノらしいフィリピーノ。家族の写真と宗教画を心の拠り所に生きるホームレス同然の男。病をかかえ傷心帰国するの男。仕送り以外に興味を示さない薄情な女などなど。ままならぬ方向に転がり出す運命。愛する家族との別れ。新たなる家族との遭遇。家族の絆を保持することの難しさ。
「人生~、さまざま~」と歌いたくなる。時間と空間を遠く隔てて生活する男と女の哀歓をしみじみと伝えてくる。
出稼ぎのフィリピン人は、一人一人、それぞれの国でそれぞれの物語を作り上げているんだ。

世界中に離散したフィリピン人が多数存在することは出稼ぎ国家の宿命。
今ののところ、それはディメリット。
でも、私はフィリピンの現状にあまり悲観していない。
短所は長所なり。
世界中にフィリピン人がいることがメリットになる時代が来るような気がしてならない。
時代は確実に変わっていくさ。

フィリピン国内でフィリピン人が満足な仕事に就ける時代が来ることを、出稼ぎ国家から抜け出せる時代が来ることを切に願ってやまない。

by wakahiroo | 2008-06-22 08:01 | ★フォト・エッセイ
2008年 06月 09日

パンプローナの日々(その2)

今回は、家に集う人物の方に焦点を当てて紹介していく。


 ASAWA KO(我が伴侶)
フィリピノ語の学習をしよう。アサワとは、妻が夫のことを、夫が妻のことを指して言う。
「私の妻」と訳してもいいのだが、あえて「我が伴侶」とした。
フィリピノ語は、日本語ほど男女の区別に厳密でないようだ。フィリピンでは、男の方が女より偉い、優れているといった差別意識が少ない。フィリピーナを伴侶にして、このことになかなか気づかない男性は手痛いしっぺ返しを食らう。←経験に裏打ちされた言葉。ハハハ。
b0018885_9311861.jpg
3月2日、女房の四十何回目かの誕生日
アラバン・サポーテ・ストリートの出口にある「レッド・リボン」でバースデイ・ケーキを買う。
フィリピンのケーキも昔に較べれば、数段旨くなった。昔は、甘過ぎて一切れ以上は手を出さなかった。
我が家では、女房と私と長男が3月生まれ。私の誕生日はたいてい女房と一緒に祝ってしまう。

私の誕生日は、3月15日。
この日に生まれた人を調べてみた。
武豊、かしまし娘の庄司照枝、だちょうクラブの肥後克広、ここまでは良い。あと~横峯さくらの父ちゃん。
それより、私と同じ昭和20年には、3月13日に吉永さゆり、14日に栗原小巻、15日に私。つまり、小百合、小巻、佐太郎は1日違いで生まれたんさ。
サユリスト、コマキスト、サタリストにとっては豪華な3日間よ。
ただ、確認情報によると、サタリストは約1名らしい。誰かって?
ヒ・ミ・ツ。
天下の美女達と一緒にするなって。ゴメンチャイ。
だども、もうただのジジイ、ババアだろ。ブツブツ・・・

b0018885_9322386.jpg
我が家で始めて採れたブコ(若いココやしの実)
塀際にまだ小さい若いココやしが生えている。
日本に帰る前に、どうしても飲みたくなり、ビトイに聞くと大丈夫とのこと。
ビトイは女房の妹の旦那で、田舎育ち。こういうことには詳しい。
2リットルくらいのブコ・ジュースが入っていた。
無色透明。まずそのことに感動。
冷蔵庫にに入れて女房と半分ずつ飲む。美味。ほのかに甘みがあり、まろやかに喉を潤す

b0018885_9325270.jpg
題して、蘭と蘭の化身。いんや、乱の化身か。
バクラランで100ペソ(250円くらい)で買ったオーキッドの鉢植え。
3週間くらい花をつけて楽しませてくれた。
蘭の栽培を志そうと思っている。
それには、蘭の知識をもっと身につける必要があるな。

 AKO(私)
b0018885_13194330.jpg
朝陽を浴びての朝食。
朝のコーヒーは美味いぜ。最高!!
爽やかな良い気分。


  BABECUE PARTY IN THE BALCONY
b0018885_654528.jpg
女房と長男ファミリー
和夏ちゃんと会えて、ジジはウハウハ。
3歳半。背も伸びた。
語彙も増え、対話も滑らかにようになってきた。

b0018885_65627.jpg
和夏は、ジジがホテルのパーティで貰ってきた帽子と紙製のフォーンを持って、片時もじっとしていない。
客観的に見て、贔屓目を差し引いても、活動的で元気な子だ。
ジジはそのエネルギーが眩しい。ついていけず、時折、ギブ・アップ。

エビ、イカ、魚、とうもろこし、バーボイ(豚肉)、マノック(鶏肉)などなど、バーベキューは食べきれないほど。

b0018885_13202130.jpg
SATAROU at ANAK NIYA(佐太郎と彼の息子)
似ているかい。
息子は、休みが取れず、2泊3日の強行スケジュール。疲れにきたようなものだ。

また、少しフィリピノ語の学習。
ANAK(子供)はやはり男女の区別なく、息子、娘の両方を指す。
自分の子供だよ。子供一般はBATA(バータ)という。
フレディ・アギラの「アナック」という名曲、知っているかい。

b0018885_657712.jpg
女房と女房の妹
バーべキューは、いつも二人で作ってくれる。

  APO KO(私の孫)
b0018885_4282012.jpg
昼食を終えた和夏ちゃん。
まだ終えてないか。途中で猫にでもちょっかいを出しに行くんだ。
お行儀が悪い。とにかく、今はじっとしていない。
好き嫌いはほとんどない。何でもよく食べる。そういう点では、全く手のかからない子だ。

b0018885_724672.jpg
SMサウスモールで、私が買ってあげたドレスを着てポーズを取る。
ピンクが大好き。
行動は男の子系なのに、可愛らしい洋服が好きなのだそうだ。
保育園でも、男の子とばかり遊ぶのだそうだ。将来が少し心配かな。

b0018885_4301135.jpg
宿敵同士
和夏はいつもPUSA(猫)を追い回している。
日本から持っていたハムを惜しげもなく与える。
頭をイイコイイコしていたかと思うと、尻尾を引っ張って、ひっかかれ、わっと泣いた。
薬を塗ってもらい、痛みが取れると、すぐに追いまわし始めた。
好奇心が強いんだ。立ち直りも早そうだ。

  MGA PAMANGKIN NG ASAWA KO(女房の甥と姪)
b0018885_4305425.jpg
女房の弟の子供、マウイとウィルマ。
故あって、可哀そうなことに母親とは一緒に暮らしていない。
日曜になると、兄弟三人で遊びに来る。

マウイは来年小学校の甘えん坊。ウィルマはなかなか賢く、小学2年生。

b0018885_4312818.jpg
小学4年のウィリアムが加わると、もうるさいのなんのって。
ボスのウィリアムは食べ盛り。食べ物さえあればご機嫌。
よく弟を泣かす。学校でもジャイアンなのだそうだ。
でも、普段はよく面倒をみる。

これに和夏が加わると・・・
今回は実現しなかったが、もう想像したくない。

b0018885_4323322.jpg
ASO(犬)のミゲールはおとなしい。
和夏が何をしようが相手にしない。大人だ。

by wakahiroo | 2008-06-09 12:07 | ○ラス・ピニャス通信
2008年 06月 04日

近隣の植物(その2)・草木編

■ココやし
南国の風景には、欠かせない木だね。
   ・ヤシ科ココヤシ属
   ・ヤシと言えば普通このココやしを指す。
   ・ポリネシアから熱帯アジアが原産とされ、世界中の熱帯で栽培されている。
   ・樹高は 20~30メートル。葉の長さは 5 メートルにもなる。
   ・枝分かれせずに直立した幹の頂部に、長さ5~7m程の羽状葉が螺旋状に群生する。
   ・非常に利用価値の高い植物である。
b0018885_11342238.jpg
黄色く熟したココナッツ
フィリピノ語では、熟した実はニヨッグ(niyog、)。ココやしはpuno ng niyog.
大きさは直径10~35cm、重さは最大4kgに達する。やや先がとがった楕円形。成熟するにつれ緑、黄、橙黄色となる。固い殻の内部の固形胚乳は料理に利用し、液状胚乳はそのまま飲用する。生水が危険な熱帯では非常に重宝。
液状胚乳(ココナッツジュース)、冷蔵庫で冷やして飲むとおいしいよ。

b0018885_11352325.jpg
上のやしの全体写真。
こんな立ち居姿で南国らしい風景を作り上げている。
真下は結構危険なんだろうね。落下するココナッツの直撃。
確率はとても低いんだろうが、杞憂なんても言ってられないよな。

b0018885_1136627.jpg
青いココナッツをつけたココやし
フィリピノ語で青い若い実はブコ(buko)。
ココナッツ・ジュースウは主に青い実から採れるのでブコ・ジュース。

b0018885_11364813.jpg
これはココやし以外の種類だと思う。
でも、姿形はなかなかのものだね。

■バナナ
ヴィレッジの空き地のそここにバナナが植えられている。
b0018885_18223146.jpg
バナナ林

バナナについて、少しおさらいしておこう。
バナナ(banana)
・バショウ科の多年草。食用品種群の総称。
・東南アジア原産。
・バナナは木ではなく草本である。野菜に分類される。
・高く伸びた茎のような部分は偽茎と呼ばれて、葉鞘が互いに抱き合ってできている。円柱状で直径10cm、高さ2~5mになる。
・偽茎の中心から花茎を伸ばしその先に花序を出して、赤紫の包葉に包まれた淡黄色の花をつける。
・果軸には7~10の果段があり、各段に十数個の果実をつける。
・熱帯では多くの種類が生育・栽培されている。果皮の色をとってみても、緑色、黄色、桃色、紫と多様である。
・生食用バナナの他に料理用バナナも栽培されいる。料理用バナナは生食用に比べて、デンプン、繊維質に富んでいてイモに近い感覚で調理される。
・果実だけではなく、バナナの花(蕾)も食用とする。


b0018885_1825974.jpg
バナナの果実がなっている。
このまま黄色に熟すると、芳香が辺りに広がる。とてもおいしいそうだが、そういうバナナを私はまだ食べたことがない。
そうじゃなくても、フィリピンで食べるバナナは、日本の輸入物よりはるかにおいしい。

今度、バナナの花を是非撮りたい。

■ジャックフルーツ
b0018885_18253960.jpg
たわわになったジャックフルーツ。
すぐ眼の前にぶら下がっている。不思議な光景だ。ある意味、奇観だよな。
袋がけは実を熟させるため。

ジャックフルーツ(jackfruit)
・和名はバラミツ、ハラミツ(波羅密)
・東南アジア、南アジア、アフリカ、ブラジルに広く生育。
・クワ科パンノキ属の常緑高木。20~30mの高さになる。
・原産地はインドからビルマあたり。
・巨大な果実が幹や太い枝に連なってぶら下がる。世界最大の果実とギネスブックに紹介されている。
・果実は長さ45~70cm、幅30~40cm、重さ30~50kgに達する。歪んだ円形から長楕円形で、熟すると強烈な甘い匂いを放つ。
・熟したものが果物として食べられる。その匂いから人によって好き嫌いが激しい。
・果実は巨大な集合果。果皮の内側には多くの小果が含まれている。この各小果に1個の種子が入っている。
・果肉や、種子周囲の仮種皮を生で食べる。とても甘くなんともいえない歯ごたえがある。強烈な芳香、濃い味、腹持ちの良さ、目の前にある膨大な果肉量。すぐにお腹いっぱいになってしまう。
・食べ頃は、果実が軟化し、表面からさわって少しブヨブヨしてきた頃である。その頃には独特の香りが強くなってくる。
・未熟な果実は、野菜として煮物などに使われる。
・種子は2~3cmほどのやや楕円形。これも焼く、または茹でることで食用にされる。ほこほこして、栗や芋の風味。
・実生から3年で果実をつけることもあるほど生長が早い。


■花の咲く木
木の名前が全くわからない。
今後の課題ということにしておいておくれ。
b0018885_1828731.jpg


b0018885_18263568.jpg


b0018885_1827296.jpg


b0018885_18284748.jpg


■その他の草木
これも今後の課題ね。
b0018885_18294629.jpg


b0018885_18302715.jpg


b0018885_1831935.jpg


by wakahiroo | 2008-06-04 08:25 | ○フィリピンの植物