隠居生活☆東京・マニラ行ったり来たり

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2005年 08月 18日

Hiroo’s family came to Tokyo.

Aug. 29th 2005.
We went to Tokyo Dome City.

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Merry-go-round grandpa's dream comes true,he wants to ride w/waka I do'nt think he likes it w/out WAKA ,it's for her .

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FRM. Left Hiroo's wife (SAKI) MY TWO BOYS, SEITA ,HIROO naka ga ii desu ne? They look happy , beside is the most handsome ever, pls. dont tell anybody, then it's me a young grandma , I LOVE her call me NANAY. and a
sleeping beauty WAKA.

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Sado 's growing family/everyone watch how fast my daughter ate! could U believe it? sorry it's a granddaughter of us .

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We love food any kind especially dining out, good for me need not cook
wow can refresh out , think of what menu for the day right?



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eldest(kuya make fun off......) while the two around keep on laughing. See Seita is taking care of WAKA, ureshii kana ?

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Hiroo , me , WAKA and grandpa, enjoying the heat of the day, WAKA reminds meof my two BOYS childhood , KAWAI , AS A MOTHER ,(TANOSHII KATA) unlike most people says ,(TAIHIN DISHITA ) I REALLY MISS ALL THOSE DAYS, I LOVE THEM SO MUCH ,MORE THAN ANYTHING (THEY ARE MY TREASURE )

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Could U imagine WAKA CAN STRIKE more than half of a riceball, (onigiri) she's fun of food too, ( same feather fluck together......) But it's not good
for her when she is grown up , SHE MUST BE SEXY , rather than....... As
sexy as miss secret..... Let's see it someday.

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Merryーgo-round waka felt so good , wakatteiru kana? where are we,I felt she loves it , there was a music while it turns around and shes dancing ,
she loves music too.

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WAKA W/ grandpa feel so good ,does they have similarity? what is UR comment, if U have any , tell us ok?

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Next is me and WAKA no comment phil. and japan is quite far, in terms of globalism, our collor is diff. immage is diff. too, but we're one in heart,she's my cute grandaughter, her looks is like HIROO ,when hiroo was at her age.

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Father and son, a very young father hiroo ,but he's father is young too.
Enjoying their beer but it's too early still noon.

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two sons

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cousins

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Waka1

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Waka2

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Waka3

by wakahiroo | 2005-08-18 16:45 | ★家族のいる風景
2005年 08月 18日

デング熱って知ってるかい?

7月14日夜、帰国前夜、突然、体調がおかしくなった。
カシミーロのよく行くお店で女房とビールを飲んでいたが、酔いが急に回り眠くなった。
帰りのタクシーから見える景色、見慣れているはずなのに、どこか違う。
夢の国でもきているような気分だった。もう、この頃から高熱が出ていたのだろうな。
なんとか家に帰り、倒れこむようにベッドに入った。瞬間的に寝入ったようだ。

短い時間で夢を見た。
左足を切断する夢を。
多分高熱にうなされていたのだろう。幻覚のような感じだった。
潜在意識の中で、不自由な左足に嫌気がさしているのだろうか。
でも、何故、切断に繋がるんだろう。正気では理解できない。
潜在的な願望か。意識化の世界って、謎だよな。
人間を紐解く鍵があるんだ。
私の左足切断の願望について、じっくり考えてみる必要があるな。

飛行機の時間が気になり、翌朝起きなければならないという意識ばかりが先に立つ。
何度も何度も眼を覚ます。
身体がだるい。この時点では風邪をひいたと思っていた。
体温計がなくて、体温は計らなかった。
計っていたら帰国を延期したかもしれない。

女房のおばさんの子供、オベットに空港まで送ってもらった。
つらい。車から降りたがうまく歩けない。
地獄の始まりだった。
足がもつれて、先に進まない。立っているのがやっとという感じ。
空港の職員に車椅子を勧められたが、私の勝気を知っている女房が断った。
実のところ、乗ってもいいかなという気分だったのに。
空港内は、ほとんど椅子を3,4人分占領して横になっていた。
背に腹はかえられない。普段は紳士の私(悪い冗談です)なんだが・・・・

入管の手続き、持ち物検査、なんとか、ふらふらになりながら、済ますことができた。
ところが、機内が白熊部屋。なんであんなに冷房を効かすんだい。
こちとら、セーターを着用していたが、まだ震えがくる。苦しいときは時間が流れない。長い長い3時間半だった。
成田では動く歩道があって、助かった。
一応、検疫に立ち寄る。
普段は少々調子が悪くとも無視するんだが、今回はつら過ぎた。
係りの女医さん、看護士さんは親切だった。
体温を計られた。39.2度だった。
血液検査ということで、血液を4本、取られる。

少し楽になっていた。スカイライナー、タクシーを乗り継いで、家に無事到着。
息子がテレビドラマ「ドラゴン桜」を見ていた。
珍しい、ドラマを見るとは。
私達がいないうちに心境の変化でもあったかな?
私達の帰国を待っていたてれかくしかな?
久し振りに息子の顔を見られたうれしさに一緒にテレビを見る。
でも、すぐに爆睡する。

翌日、検疫から「デング熱にかかっている。保健所からの電話を待つように」との電話があった。
「デング熱? ハアッ?」って感じだった。
だいたい、デング熱なんて、名前だけはかろうじて知っていたが、どういう病気か、まったく知らなかった。身体はまだつらかったが、デング熱ついてインターネットでr調べ、予備知識は獲得した。ふんふん。

しばらくすると、保健所から電話があり、国立国際医療センターに行くように指示された。
よかった。タクシーで10分くらいの距離だ。
病院代を取りに銀行に行くと、隣の木村さんの奥さんに会った。
「これから国立国際医療センターに行くんですよ」と言うと、「私もよ」という返事。偶然だなあ。
よく考えたら、木村さん、国立国際医療センターの看護士さんだった。


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戸山の国立国際医療センターの前で、診察を終えて、天を指差す佐太郎。
どうして、天を指しているかって?
今思い出してもわからない。
体調はまだ悪く、つらかった。
この日は女房がついてきてくれたが、カメラを構えた女房に何かポーズを取らなければと思った結果がこの格好。
佐太郎って、結構、サービス精神旺盛なんだぜ。
けして宗教的に開眼してモーゼを気取ったわけでもなんでもない。
指差す方向にUFOが現れて驚愕していたわけでもない。
ひょっとすると、無事生きていますよと、神様に感謝している、私なりの表現なのかも。


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地下鉄大江戸線の若松河田駅を出たところ。
大江戸線は東京で一番新しい地下鉄で、車両も小型である。
この駅は、東京女子医大病院と国立国際医療センターの二つの大きな病院がある。
国立国際医療センターはここから歩いて5分くらいのところにある。
この駅の前の通りは、新宿で飲んで、タクシー代のなかったとき、いつも歩いて帰った路だ。
河田町には、昔、フジテレビがあったな。
学生のとき、よく選挙速報のバイトに行ったことを思い出した。


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この海外旅行者センター、東京地区の海外での感染症患者を引き受けているようだ。
他に海外旅行者の予防接種もしていた。

最初の1週間は身体がだるくてつらかった。本調子を取り戻したのは3週間くらい立ってからかなあ。
とにかく、とんでもない体験をしたもんだ。こんな体験、二度とごめんだ。

ここで、デング熱について、おさらいしておこう。

マラリアと同様に、熱帯亜熱帯地域に分布するウィルスによって引き起こされる感染症。マラリアと違って都会で流行することも多く、ある意味ではマラリアよりも感染する危険性は高い。
(感染源) デング熱ウィルスを保有する蚊(ネッタイシマカ、ヒトスジシマカなど)に吸血されることで感染する。
(症状) 通常5~6日の潜伏期間を経て、突然の発熱で始まる。熱は38~40度程度で5~7日間持続し、激しい頭痛、関節痛、筋肉痛、発疹を伴う。
私は、発熱と頭痛くらいで済んだが、しばらく身体がだるく、何かをやろうという気持ちが持てなかった。
(治療法) 対症療法だけで、特効薬はない。特別な治療を行わなくても軽症で済むことが多い。
ただ、出血(皮下、鼻腔、歯肉など)を伴う場合はデング出血熱と呼ばれ、死亡率も高く、即、入院することが必要だ。医者は、血液中の血漿板の数が減ると出血すると言っていた。
(予防法) 蚊に刺されないようにすることが唯一の予防法だそうだ。といっても、それは難しいよな。
蚊が出てくる時間には、なるべく長袖、長ズボンを着用し、香取線香、防虫スプレーを併用しよう。
懲りたものなあ。でも、多分、忘れるぜ。ハハハ。

アツモノに懲りてナマスを吹いてもしょうがないよなあ。
フィリピン暦30年で始めての体験。
気にしない、気にしない。

by wakahiroo | 2005-08-18 16:44 | ◎フォト日記(東京)
2005年 08月 18日

バンブーオルガンで有名なラスピニャス教会

歩いた、歩いた。
何度もタクシーをつかまえようかと誘惑にかられたが、なんとか我慢して、ぐったりして、パンプローナの福松さんのお店に着いた。
エバコンからそこまで、カシミーロを経由して、今年3月、歩いた。
これは左回りだが、今回は反対方向の右回りで歩いてみようと単純に思いついた。
が、思った以上に遠かった。

ただ歩いても、もうつまらない。タクシーで行ったとき、途中に、バンブーオルガンで有名なラスピニャス教会があるのを見ていた。ここは観光スポットでもあるみたいだ。
よし、そこを見ていこう。

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空港からスーカットを来たとき、シーフードレストランの並んでいるダンパを過ぎたところにある、このマクドナルドの看板が目印。パンプローナへ行くには、この角を右に入る。
この日、午前10時頃、エバコンでジープニー乗り、マクドナルド前のT字路付近で降りる。
道路を渡って、マクドナルド横の通りに入る。

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しばらく歩くと、パラニャーケの公立小学校があった。
子供達は勉強中。塀の隙間から撮る。
ある程度歩くと、左に折れなければならない。土地勘には自信がある。
それらしき通りに来たので、真面目そうな若者に英語で尋ねる。
「この通りはパンプローナに行くかい」
若者は即答しなかった。しばらく考えてから
「行くよ」
ちょっと引っかかる。
しばらく行くと、上品な感じのおばさん3人組が立ち話をしていた。
割って入って
「この通り、パンプローナに行きますか」
おばさん方、私のよたつく足を見て、質問に答えず
「ジープニーにのりなさい」と勧める。
気づいた。遠いということか、なるほど。
「ありがとう」と言って歩き始めた私を見て、信じられないという顔をしていた。
この炎天下、脚が悪いのに、よく歩くわね、物好きな外国人、てとこか。
フィリピン人は歩かない。特に女性は歩かない。
見栄っ張りだからという説があるが、私はその説に与しない。
糞暑い中、動くのって、思った以上に体力を消耗する。

彼女達は絶対に歩いた方が早い眼と鼻の先なのに、ジープニーやトライシクルに乗る。私の方こそ信じられない、だ。
東京に来ている姪っ子は、来てすぐは、家から駅までの10分くらいの歩きがつらいらしく、よく不平を言ってゆっくりゆっくり歩いていた。
「歩かないからバーボイ(豚)になんだよ」とからかった。
最近は、長い距離、早く歩くようになった。東京のリズムが身に付いたっていうところか。
でも、自転車を購入してからは、どんな近くでも自転車でいく。
彼女達は生まれつき歩くことが嫌いなんだ、と思いたくなる。フィリピン女性の潜在意識の奥深くに「歩いてはいけない」という神からのメッセージが埋め込まれているのかもしれないな。ハハ。
女房は歩くことをもう全然いとわないから、もうフィリピン人じゃないんじゃないかな。

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この道路をずーと歩いた。
道路の名前は、思い出せない。地図も東京にはないので、調べようがない。
ザポーテまで続く道だ。
歩道が整備されているように見えるがそうでもない。実際に歩く人からすれば、鉢植えが邪魔だったりして極めて歩きにくい。
太陽の熱射と排気ガスもついている。歩いて見るかい。
歩行者には優しくない路だ。
歩くのが嫌いなのだから、歩道のことなどあまり考えないか。そうだよな。

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フィリピンを歩いていると、こんな日本の中古車をよく見かける。
日本ではお払い箱になり、マニラで第2の人生(車生?)を迎えているのだ。
なあんだ、俺と一緒じゃないか。ハハハ。
友よ、頑張れよ。いや、頑張らなくて良いから、楽しく生きろよ。

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私は忍耐強い方だ。
歩いた歩いた。が、行けども行けども、目的のラスピニャスの教会にたどり着かない。
道を間違えたかな?
自信がゆらいできた。と共に、喉の渇きが襲ってきた。そりゃそうだろう。太陽の照りつける中、1時間くらい歩いているんだものな。飲み物を買えるお店を探した。やっと、バーガーマシンを見つけ、ペプシコーラ1缶をグッと飲み干した。
バーガーマシンっていうのは、屋台のハンバーガーショップ。大きな通りなら、そこここに見られるよ。女房の家のあるエバコンのバーガーマシンは、可愛いおネエさんが一人でやっているので、おネエさんの顔を見によく立ち寄った。俺って、普段何をやってんだか。俺の品性なんてそんなもんさ。けして格好なんてつけないよ。
喉の渇きも収まり、さらにハンバーガー1個とコーラもう1缶を頼んだ。
余裕も出たので、周囲を見回して見ると、なんのことはない、隣りが目的のラスピニャス教会ではないか。
看板を見ると「いらっしゃい、セント・ジョセフ教会(ラスピニャス教会)に」ではなく「いらっしゃい、バンブーオルガンに」だ。目玉はバンブーオルガンなんだ。
意地悪な見方をすれば、教会ではなくバンブーオルガンが売りの観光スポットなんだね。


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セント・ジョセフ教会(ラスピニャス教会)
なんとも荘厳で重厚な雰囲気のあるたたずまい。いいじゃん。いいじゃん。
この聖堂の中にバンブーオルガンがあるという。
バンブーオルガンというのは、パイプオルガンのパイプの部分が竹でできているとのこと。
毎週日曜日のミサには、バンブーオルガンを演奏しているそうだ。

どんな音色なんだろうね。
管の部分が金属ではなく、竹。
音の尖がった部分が吸収されて、渋みと深みを増した、東洋的響きを想像する。
聞いてみるのが、一番だよね。
今度出てみよう、日曜日のミサに。楽しみが増えた。
よく考えてみると、日本にもあるんだよな、尺八って奴が。

無知だった。
フィリピンにも竹が自生しているんだ。
この教会の天井も竹で組まれているとか。
そういえば、いろんなところで竹が使われている。

毎年2月に、国際バンブーオルガンフェスティバルというのがあるそうだ。
期待しないで、行ってみようか。


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教会内には良い感じの建物が多い。

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聖堂前の広場
所在なげにたたずんでいる人も多い。

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ST. JOSEPH’S ACADEMYと書かれていた。
教会に併設された私立の学校のようだ。

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休み時間の生徒達かな?
前の公立小学校とは大違いだよな。
これがフィリピン、と言ってしまえば、それまでだけどね。

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道路を渡ったところにある「リサール広場」
階段を上がったところがそうらしいが、この建物、何なのかわからなかった。今度行ったら、もっとよく見るさ。
フィリピンの英雄、ホセ・リサール。
ここでは、何も言わないが、フィリピンに関心があるなら、少しは調べておこうね。
東京の日比谷公園を歩いていたとき、草むらのの中にホセ・リサールの小さな碑を見つけてびっくりしたことがある。日本に来たたことがある(そして、日本人の彼女がいたとかいないとか)のは知っていたが、誰がどういう事情で建てたかはうかがいしれなかった。

イントラムロスの近くに、はるかに有名で、大きなリサール公園(ルネタ公園)がある。
女房とのファーストキスはここだった。
それも、30年以上前のクリスマス・イブだった。
ロマンチックだろう。
そして、女房も若くて綺麗だった。
関係ないか。ハハハ。
ジジイにも青春があったんよう。

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広場に上がってみた。本当にただの広場だった。ベンチも何にもない。逆に、なにか新鮮な感じがする。
中学生らしき子供達が遊んでいた。
催しがあるときは、テーブルや椅子を持ち込むのかなあ。

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広場から道路の反対の教会方向を望む。
リサールさんの像もそちらの方を見ている。

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ポリス兼消防署のたてものか。リサール広場の隣り。

b0018885_1151713.jpgこの辺り、雰囲気のある建物が多い。
うまく整備すれば、観光地になるよね。
なんか、もう一つ二つ、目玉が必要だけどね。


この後、景色に変化のない一本道を、延々と歩いた。
途中、水分補給で、もう2軒、バーガーマシンに立ち寄った。

ザポーテ付近で迷ってしまった。
労働者風のおじさんに「サーン、スターモール(スターモールはどこ)」と聞くと、面倒臭そうに指差してくれた。
正しい方角だった。
この辺の人ならスターモールは誰でも知っていると考えたのは正解だった。
疲れ切って、5時ごろ、「福松」に到着する。

なお、ハンバーガーの食べ過ぎで、福松さんのお店では、まったく食欲がなかった。
コーラを飲み、マグロの刺身を食べただけだった。

by wakahiroo | 2005-08-18 16:39 | ○マニラよたよた歩き
2005年 08月 18日

バクララン攻略(7月10日~7月17日)

スーカットを空港方面に走るジープニーの終点は、ほとんどバクラランである。
以前、夕刻、バクララン行きに乗り、終点とおぼしきところで降り、道に迷って途方に暮れてしまった。いくら老いぼれてチンバになったとは言え、元街角放浪人としてのプライドがいたく傷ついた。
そのときからバクララン攻略は悲願なのである。
1週間、とにかく昼となく夜となくバクラランをひたすら歩き回った。
自分なりにバクラランは攻略できたと思っている。
良くも悪くも、これぞフィリピンという庶民の街。
バクラランが大好きになっていた。
もう地図が頭の中に入っている。
ところで、ここでトリビアを一つ。
場所的に間違いやすいが、バクラランは、パサイ市ではなくて、パラニャーケ市だよ。

バクラランを要約しよう。
聖と俗が見事に両立、混交している。私流にキャッチ・コピーを作ってみると、
   聖と俗との交差点、バクララン。
   エネルギッシュで雑然とした庶民の街。
主役はフィリピン人のオーディナリー・ピープルだ。
フィリピン人のフィリピン人によるフィリピン人のための街。
教会とマーケットとネオン街を同時に見聞できるぜい。

聖は、バクララン教会とそこに集まる敬虔な信徒達。
俗は、喧騒と混乱のマーケットと少しでも安く買おう、少しでも高く売りつけようと交渉に忙しい庶民達。そして、エアポートロード、キリノ・アーべニューのネオン街の酔客と女達。

まず、ロハス・ブルバード沿いにバクララン教会がある。なんと言おうが、この教会がバクラランの中心だ。
教会の左側にLRTのバクララン駅付近まで、約300メートルほど、マーケットというか、無数の露天が無秩序に際限なく続く。衣料品、日用品、食料品など、ありとあらゆるものが売られている。
混雑していて、道は凸凹。そこら中に障害物が存在し、私のような足の不自由人は、歩きにくいし危険である。
ここを歩いていると庶民の放射するエネルギーにあてられるのか、本当に疲れる。
(東京で言うと、上野あたりかな。アメ横もあるし・・・)
夜のネオン街は、なんと言ってもエアポートロードとキリノ・アーべニューが魅力的。
教会から200メートルくらい右に離れたところに、ロハスブルバードと直交して、エアポートロードがある。キリノ・アーべニューはロハスブルバードの1本、裏の通り。
この辺の夜は危険の匂いもプンプンで、踏み込むには勇気がいる。
観光客はまあ近寄らない方が無難かな。
でも、こちらの方に慣れるとロハスブルバードのお店なんか高くてつまらなくて、行く気がしない。

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バクララン攻略には、バクラランに泊まるというのが、地の利というものだ。
ところが、さすがバクララン。小洒落たきれいなホテルなどあるわけがない。
エアポート・ロードにやっと見つけたのが、このホテル・カールトン。
前世紀の遺物的な汚い古いホテルだ。
でも、見方によっては、結構風情があるんだぜ。
旧いものものには、新しいものにはない味がある。
俺って、酔狂かなあ。

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アット・ホームなフロント
フロントのおばちゃんと女房が世間話をしている。

私は片麻痺なので水のシャワーは絶対無理だ。
温水シャワー、冷房、冷蔵庫付きの部屋にした。
こんなのホテルだったら、当たり前なんだけど、フィリピンの安ホテルでは当たり前じゃないんだよね。
あっ、そうだ。
はっきりは映っていなかったが、ケーブルテレビで日本語放送が見ることができた。
日本ではほとんど見ない相撲を何気に見ていた。
琴欧州、こいつは強くなるななどと思いながら。
バクラランで相撲観戦。異国での日本語と日本文化。気持ちは休まる。

ただ、インターネットの環境は何も整っていなかった。
フロントのおばちゃんに尋ねると、不思議そうな顔をしていた。このホテルで求める方がどうかしているのかな。聞くだけヤボと言うものさ、ハハハ。

とにかく、1泊1400ペソ(2800円)、まあ、こんな部屋で手を打った。
それなりに何の不便もなかった。



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これでもホテルだぜ。素敵だろう。ハハハ。
エレベーターの中で4Fにあるビューティ・サロンの中年のバクラ(オカマ)氏に女房が「髪が痛んでいる、お店においで」と言われてとても怒っていた。
後で聞いたら、そのバクラ氏がこのホテルのオーナーなんだって。
人は見かけでわからんよね。再認識。
フィリピンでは、美容院の経営者はバクラが本当に多い。何故だろう。なんとなくわかるので、深く考えたことがない。今度、バクラを通してフィリピンを考察してみようか。
ていうか、直接、話も聞いてみよう。
確かに言えることは、フィリピンは、バクラ(オカマ)は日本よりはるかに社会的に認知されている。そういう意味では、日本よりずっと先進国なんだぜ。
フィリピンの普通の人々は、弱者、異端者に、寛容で優しい。
フィリピンの良さの一つにあげたいね。
女房とガッチャリアンを歩いていたとき、車の中からハッとするような美人が女房に声をかけてきた。女房が行きつけの美容院の仲良しのバクラとのこと。
ウーン、断然お話がしたくなった。近いうち、実現させよう。

b0018885_19575331.jpgこのエレベーターのボタン、ノスタルジーを感じないかい。
日本では、まずお目にかかれないぜ。
部屋は4Fだったが、4のボタンを押しただけでは動かない。上向きの矢印のボタンも押さないと動き出さないのだ。始めて乗ったときは、それがわからず、5分ほど、動かないエレベーターの中にいた。



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LRT高架下のマーケット
この道の向こうはキリノ・アーべニューに続き、エアポートロードにぶつかる。
LRTのバクララン駅上より撮影。
ちなみにLRTに私はまだ乗ったことがない。
電車なんて、全然興味がないものね。
ザポーテの方に延長すると聞いているが、私が生きているうちに実現するかな。

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平日の午前中で、空いている。混雑しているときはこんなものでない。
人、人、人で、まっすぐ歩けない。その人波を泳ぎわたるのは、精神的にも肉体的にも疲れる。グッタリとした状態で、「どうして俺はこんなところを歩いているんだ」と自問したもんだ。
「生きるってそういうこと。理由はない。見える、歩ける、人と交歓できる、それ以上、何を欲張るんだ。今生きてこうして市場を歩いていることに感謝せよ」と自答した。素直な気持ちになり、涙が出てきた。さすがは聖なるバクララン。

女房にスリが多いと注意されていた。放心状態で歩いていることが多かったが、被害はなかった。
ビッコのジイサン、スリも哀れに思ったか。
確かにフィリピンはそういうところがあるよな。
弱者は弱者に優しい。
なんて、甘く見ていると、そのうち、ひどい目に合うだろうな。
でも、それも運命、もう運命には逆らいはしない。
達観しているんじゃ。

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上の2枚の写真の反対側
この道をまっすぐ進むとエドサの通りに出る。
この先の方を歩いているとき、滝のような土砂降りに遭った。
道路が川になり、子供達が素っ裸になり、ゴムゾウリをはいてキャアキャア言いながら駆け回っていた。
微笑ましい情景、子供って良いなあ。もう一度、子供に戻ってみたい。
もう十分に戻っているって。確かにそれは言える。
もっと年齢層の上の女の子が裸で駆け回っていたら、もっと楽しいのになあ。
なんて想像していた俺って、本当に馬鹿だよな。
妄想は自由さ。
滝のような雨に閉じ込められて身動きできない老人のはかない抵抗さ、妄想は。ハハハ。
最近、羞恥心という文字が、私の辞書からなくなってきている。

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こんな露天がキリノ・アーべニューまで延々と続く。
普段は(特に水曜と日曜は)、はるかに混雑しているけど・・・
乞食もいれば、スリもいる。
値切らなきゃ損よ。
女房は、孫娘の洋服を100ペソ(200円)で2組買った。
さらに10ペソ(20円)、安くしようと、交渉している。
「もう帰ろうよ。疲れたよ」私はイライラして中止させた。
値切りの攻防に時間をかけるのは、日本人には向いてないな。
皆さん、頑張ってやってみてよ。私は無理だな。パス。

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夜の情景はこんなもの。
さすが、夜はあまり歩かなかった。危険は倍加するものな。


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ホテル・カールトンから30メートルくらい離れたところにある食堂
もちろん、エアポートロードに沿ってある。
毎日、お昼ごろ、朝食兼昼食を食べていた。
典型的フィリピン料理だが、味を薄めに抑えていて、口にあった。
閉まっているのを見たことがなかった。まさしく24時間営業って感じ。
何故か、ウェ-トレスのお姉さんが可愛い子ばかりだった。
女房と一緒に5品くらい頼んで、お腹一杯食べたが250ペソ(500円)くらい。日本じゃ、ラーメン一杯も食えない料金だぜ。


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普段は、午前11時ごろ、女房と向き合って、静かに食事していた。サンミゲール・ビール1本くらい飲みながら。なかなか良い雰囲気っしょ。

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でも、週末は違った。
場所柄、夜通し、遊んだ人たちが食事をしながら、朝の9時、10時から、ガンガンと大音量でカラオケを楽しんでいる。人が良い気持ちになっているとき、文句を言う筋合いもないし、よそ者の私が言えるわけもない。日本語で「うるさい奴らだなあ」と小声で言うのがせいぜいだった。
後ろに立っている裸の男を見て、女房が「あなた、そっくり」と言う。
うんうん、よーく観察していると、本当、私の酔っ払ったとき、そっくりだ。
酔っ払って大声でなにかわめきながら連れの肩や頭をむやみにたたき、別のグループにちょっかいを出して仲良くなり、時々奇声をあげ、時々店のお姉ちゃんをからかっている。
憎めない奴だ。
バクラランの俺に親近感を持った。
お前、大物になるぜ。
よく考えたら、なりっこないか。ハハハ。


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女房もやっぱりフィリピーナだ。
負けじとばかりカラオケを歌い出した。
女房の歌はお世辞にもうまいとはいえない。
できることなら聞きたくないという水準だ。
「うるさい!」と怒鳴りたかったが、女房が楽しんでいるのに、水をさす権利なんか俺にはない。
そんなことしたら後の不機嫌がこわい。こういうのは尾を引くからなあ。

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てなことで、憮然としている佐太郎

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エアポートロード
昼は何の変哲もない道路だが、夜は様相が一変する。
この先、200メートルくらい、バーというか飲み屋というか、小さなお店がずーと続いている。若い可愛い、あるいは、それなりのおネエさんが、客引きと顔見せを兼ねて、店の前に椅子を出して、ズラーっと並んで座って声をかけてくる。
壮観である。
さすがにその時刻、フラッシュして写真を撮る勇気はなかった。それがいかに危険なことかはアホな俺にもわかるさ。
でも、媚を売ってくる目の前の女性たちを見ながら、俺はしみじみと思ったねえ、彼女達の悲しみを、そして、この国の政治がメチャクチャなことを。
大土地所有制、一握りの大金持ちと圧倒的多数の貧困層。
この構造を変わらなければ、何にも変わらない。

ここの子たちは皆、できることなら真面目に働きたがっている。なのに、現実には仕事がない。子供を育てていたり、家族を養ったりしている女性も多いだろう。それぞれの人生を懸命に生きている。夜の街を歩きながら、他人の人生に思いを馳せる。
俺ってなんて優しい奴なんだろう!

何十年かかろうが、少しずつでも変わっていってほしいよな。
老人で外国人でスケベな俺が同情しても意味ないか。
同情するなら金をくれ、だよね。ハハハ。

「この国は何にもかわらないさ」と悲観的に言い放つフィリピン知ったかぶりの輩も多い。
けど、な~に、心配するなよ。
ある体制が永遠に続くことはないんだから。そんなの歴史の常識だろう。
いつかは激変の時がくる。俺が死んでからだろうけどね。

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ホテルの2軒隣のお店。
近くなので、日本人の友達と女房と3人で入って見た。何事も、経験さ。
「沸点」か。言い得て妙な店名だなあ。
ミュージック・ラウンジ・アンド・レストランなんてあるけれど、この種のお店はそんなもの、あんまり気にすることはない。要するに、女性が接待してくれるお店さ。
選り取り見取りで、若くて可愛い子選べるぜ。
料金は日本の居酒屋に行くくらいを考えておけばいい。
おいしいつまみは付いていないけれど、代わりに女性が付いている居酒屋くらいに考えておこうか。今のところ、げに恐ろしいや、円の力は。
やばい、このブログの趣旨に反するな。これ以上、詳しいことは言わないでおこう。

ただ一つだけはっきりしたことがある。
この手のお店は女房の監視付きで行ってもちっとも楽しくないということ。ヒヒヒ♪

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キリノ・アーべニューには、気になるお店がいくつかあったが、ここ「reoj cafe」はその一軒。
夜8時を過ぎると、車で次々と仕事帰りのフィリピン人が集まってくるのだ。何時行っても満席に近い。
カラオケを歌えるようになっている。接客はしない。ウェートレスは、若くてかなり高水準のきれいな子を揃えている。
モデル料を払っても被写体にしたい子が何人かいた。
安い。ビール1本、確か21ペソ(42円)。女房と何度か行ったが、いつも100ペソ(200円)くらいだった。
美人が多くて、安い。それだけで客がこんなに集まるのか。
バクララン初心者には、よくわからない。謎だった。

この店で女房とビールを飲んでいると、ウインドウ越しにニコニコ笑いかけてくる少女が二人。
ピーナツの袋を頭の上でブラブラさせて買ってくれと、訴えかけている。
12、3歳。近くのスラムの子だろうか。
でも、笑顔がすばらしいんだ。
純粋というか素朴というか、とても可愛らしい。
ピーナツをかってもらおうというもくろみあっても、天使の微笑みって、これだな。そう、感じた。
笑い返して手を振ると、手を降り返してくる。
この年代の日本の子の眼は死んでいる。
この子らのは、輝いて生き生きしている。眼に力がある。
裕福であることと幸せに生きるということは同義ではないんだと一瞬にして納得できる情景だった。

可愛らしい!
写真に撮りたいと思った。

ピーナツを全部買う代わりに写真を撮らしてもらおうと思っていしいそと外に出たが、そのときはもういなかった。後の祭り。
エンジェルの笑顔をお金で買おうとしたんだから、当然の報いさ。
それにしても、あの笑顔が忘れられない。


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バクララン教会(リデンプトリスト教会)の正面
いよいよ、聖なる教会を紹介していこう。
アジアで最大の教会の一つだ。なかなかの偉容だろう。

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門から聖堂までの道を行き交う信徒達。
同じような情景を見たかったら、日曜日お昼の、東京四谷の聖イグナチオ教会の英語のミサに出ると良い。フィリピン人がウジャウジャ、集まってくる。まるで、マニラにいるみたいだ。
私は、クリスチャンだ。
日曜日には、いつもこのミサに出ている。
何故、日本語ではなく英語のミサに出るかって?
答えは至極簡単。女房と一緒に出たいから。
白状すると神父様のおっしゃっている英語の5分の1もわからない。
だから、バクララン教会のタガログ語のミサに出ていても、何にも違和感がないんだ。
ところが、日本語のミサに出ると、神父様の言っていることがわかるので、「お前、偉そうなこと言って、なんぼのもんじゃい。お前、人生、どんだけわかってるんじゃい」とついつい批判的になってしまう自分がいる。
昔、学校で、校長や教頭の話を聞きながら、同じように批判的になっていたなあ。
人間の資質は、そうそう変わらない。
俺って扱いにくい信徒なだよな。自覚しているぜい。

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教会の前で休息する善男善女と佐太郎
「君にとってキリスト教とは何?」と聞かれたら、「死を怖がらずに受け入れるために必要不可欠なもの」と端的に答える。
さらには「放っておくとでたらめで放縦無頼な生活をしてしまう私が、残された人生、なるべく人の道からそれないように、行き先をそれとなく指し示してくれる灯台かな」とあえて付け加える。

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同じく、我が愛する女房
私は、脳出血で倒れ、半端でなく落ち込んで死さえも考えたいたとき、女房の勧めで、洗礼を受け、カトリック教徒になった。言わば、女房は先達さ。
老後の人生、夫婦が同じ宗教ということ、結構大切なことかも知れないな。

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バクララン教会の側面
教会の外と比べて、静かで落ち着いた雰囲気が漂う。

私は頭で小難しくキリスト教を理解するのではなく、心でキリストの存在を感じ取りたい。そういう意味では、フィリピンの庶民と近い側いるかも知れない。
私は、多くのフィリピン人と同じように、時にはいい加減に、常には心の支えとして、キリスト教とつきあっていくことになるだろう。

人は、それぞれのスタンスで、キリスト教と接していっていいんじゃないのかな。
真面目な人は、真面目にキリスト教と付き合えばいい。

私は根っからの組織嫌いだ。
教会の組織と言えども、信者を監視し、束縛し、管理するようなら、そんなもの、無視するさ。

異端だって。異端でいいよ。
俺は俺のやり方で神と共に生きていく。

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これだけは、声を大きくして言っておこう。
私は神の存在を信じている
これがとても重要なことなんだ。

「困ったときの神頼み」
一般的には、否定的ニュアンスで使う。
私は肯定的に使いたい。
神の存在を否定する無神論者にあえて言う。
困ったときに頼める、すべてを引き受けてくれる神がいるって、すばらしいことなんだぜ。

私は神の存在を信じている



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ミサが終わり、三々五々と帰っていく信徒達
若い人も多い。
フィリピンでは、キリスト教が生活の一部となっている。
教会が生活に密着している。
私にはとても居心地良い。

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一概にはいえないが、四谷の日本人信徒はどちらかと言うと知的で、生活レベルの高い人が多い。でも、性格がチャランポランで、秩序というものを好まない私には、冷たく感じられ、取っ付きにくい。
だから、バクララン教会に来る人々を見ているとなんだかホッとする。教育もなく、その日その日の生活がやっとというような人もたくさんいるだろう。

教会活動に熱心な、聖書をよく読んで理解している教養のある人達と、キリストに一方的に救いを求めるだけで、その日その日を懸命に生きる人達とでは、どちらが神に近いかと言うと、私には、なんだか後者のような気がする。フィリピンの極貧の人たち、性を売って生活を立てている女たちの方が神に近いところにいるなんても思ってしまう。
極端なんだよな、俺の思考回路って。



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この攻略シリーズ、今後も続けるつもりでいる。
次は、エドサ周辺にしようかな。

by wakahiroo | 2005-08-18 11:56 | ○マニラよたよた歩き