隠居生活☆東京・マニラ行ったり来たり

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2005年 01月 28日

43年ぶり

1月28日(金)
心に深く決することがあったわけではない。
誰かに衷心から謝意を表したかったわけでもない。
サッカー好きであるけれども、ロナウドや久保や小野の真似をしたわけでもない。

丸坊主になった。
高3以来だから、43年ぶりの丸刈り!

原因は、単に私の語学力が貧しく、単語を知らなかっただけなのだ。

ひげも伸びたし、剃るのも面倒くさい。ついでに頭も刈っちゃえ。女房のBBQ屋の斜め向かいにある床屋に行くことにした。
スポーツ刈りにしてもらいたかった。
スポーツ刈りにあたる英単語が思い浮かばない。
女房に聞くとミリタリーカットじゃないかと言う。
床屋で手でしぐさをつけながら、
「ショートヘアー、ショートヘアー、ヴェりー、ヴェリー、ショートカット、スポーツカット、GIカット」などと、いろいろ言ってみた。あんまり通じた気配もない。
「ミリタリーカット」
床屋がうなずく。電気バリカンでうなじから刈りはじめる。
どうもおかしい。頭のテッペンもジー。
おいおい、丸坊主じゃないのか。もう遅い。
まあ、いいっか。髪型を気にする歳でもねえや。
今、日本の高校生にもはやっているみたいだし、ファッショナブルじゃないのか。サッカー好きをアッピールしようか。
日本帝国陸軍のミリタリーカットには、間違いない。

てな、いきさつで43年ぶりの丸坊主ができあがった。
なお、料金は、頭を刈って、ひげを剃って、チップ10ペソ入れて、80ペソ(160円)
床屋の兄ちゃん、どこかロバート・デ・ニーロに似ていて、良い男だった。関係ないか。

女房に、私の頭を見せると、笑いながら「格好いいよ」だって。
格好いいなら、笑うな!
君にも幾分か責任はあるんよ。
ところで、丸坊主はタガログで何と言うんだと聞くと「カルボかな」
本当かよう。カルボって禿じゃなかったっけ。
女房のタガログも頼りない。
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生きて虜囚の辱めを受け、只今、帰還しました」と語るモンテンルパ刑務所から出所したばかりの佐太郎上等兵です。胸の汗から暑さがわかるでしょう。

今、気がついたんだけど、私って、メガネを取ると、アラタケ探検隊の小さい方に似ていないかな。ちっともうれしくないけど・・・

今日は、朝から調子が狂っていた。
フィリピン食に飽きてしまったのか、食欲がなく、前日、あまり食べなかった。
朝4時、お腹がすいて、起きてしまった。眠れない。
仕方が無いから、早朝ウォーキングと洒落込んだ。
まだ暗い中を30分ほど歩き、ヴィレッジの外に出た。
空腹には勝てない。24時間営業のチョウキングという安い中華のお店に入った。
コンギー(お粥)とカペ(コーヒー)で朝食取っていると、
仕事帰りなんだろう、同じお店の若い可愛いホステスを二人引き連れた知り合いのバクラ(オカマ)君に日本語で声をかけられた。
「社長、元気!こんなところで何しているの!」
見ればわかるだろう。朝っぱらから大きな声で社長呼ばわりするな!
私もだんだん顔が広くなった。ハハ。
こんなところも昔の新宿(何でもありのアナーキーな街だった)に似ている。
私に向いているな。再確認。

バーハイ(家)に帰る途中、昼食用に揚げたサギン(バナナ)を買う。
「マグカノ・イト(これ、いくら)」
体格の良い中年のおばさん、まあよくしゃべる。
「$%#$オチョ\&/*〇)%、ペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラ」
「ダラワー(2本)」
「オチョ」は確か8だったよな。でも「$%#$\&/*〇)%、ペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラペラ」の部分がさっぱりわからない。
どうも、良い事なのか悪いことなのかわからないが、外国人とあまり思われないようだ。
それでも、1本8ペソと見当をつけて、20ペソ札を出すと、4ペソのおつり。当た~り。
勘に頼っているだけじゃ、そのうち、行き詰る。
やっぱりタガログを少し身につけたいなあ。
とは思うものの、この腐った頭では、それが、けっこう難しいんだ。
この際、この丸坊主は、タガログ語学習の決意表明としておこう。
佐太郎は、タガログ語が話すことができるよう、日々、精進します。

というわけで、自分の語学の貧しさを痛感した一日でした。
あのバクラ君のように、恥ずかしがらず、自分の知ってる単語を大声で堂々と話してやるさ。

それにしても、次男は今、丸坊主なんだけど、私のこの頭を見たら、きっと髪を伸ばすな。
断言できる。
悲しいかな。親父と一緒なのが一番いやなんだ、あいつは。

by wakahiroo | 2005-01-28 14:42 | ○フォト日記(マニラ)
2005年 01月 25日

フィリピンの子供たち(bata ng Pilipinas) その1

世界中、どこへ行っても、子供たちはかわいい
屈託ないフィリピンの子供たちを見ているとこちらも幸せな気持ちになってくる。
天使の微笑み。神からの贈り物。
管理された世界の日常の些事に疲れた大人の心を癒す力を持っている。
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後ろに変なおじさんもいるでよ。

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女房の弟達の子供を通じて、近所の子供達とも仲良くなった。
通りがかりに手を振ると、皆、にっこり笑って「サドォ~、サドォ~」と言って手を振ってくれる。なお、サドは私の本名なんだ。日本のの子供達なら、間違いなく、無視してシカとする。

少子高齢化で、子供の姿がめっきり少なくなった日本からフィリピン来ると、なんだかホッとする。
通りにどこからともなく子供たちが湧いてくる。夕方、遅くまで遊んでいる。
習い事も塾もないんだよな。
私の子供時代の風景とよく似ている。
日本の子供が管理される前の風景さ。

我が家は、どちらかというと教育熱心の家庭だったけれども、私は幼稚園へ行っていない。
小学校時代、家で勉強した記憶もほとんど無い。
夕食後、お袋に漢字の書き取りの宿題をやるように言われて、泣きながら、汚い字で書きなぐって、抵抗したことを覚えている。今の子に比べると幸せだよなあ。
小学校から帰ると、夕方遅くまで、近所の洟を垂らした餓鬼共が集まって時間がたつのも忘れて遊びまわっていた。
チャンバラ、缶けり、ギョライスイテイなどなど、際限なく遊びは続く。
暗くなっても帰らないので、お袋が呼びきて、よく怒られた。
鼻汁をふくので、皆、服の袖がコテコテになって黒光りしていた。
日本はまだ貧しかったけど、子供たちは幸せだった。
子供の仕事は、遊ぶことなんだ!
当たり前のことだけど、もうひとつ。
物が豊かであることと幸せであることは同義じゃないんだ!

ギョライスイテイ。
不思議なことに名前だけは記憶している陣取りゲーム。今考えると、魚雷推偵かな?
帽子を後ろにしたり横にしたりして2本の電柱を陣にして二手に分かれて夢中になっていた。コンピューターゲームに似ているものがありそうだよな。
でも、身体を100パーセント、使っているだけに、はるかに健全だよな。


フィリピンの町並みを歩いていると、「KUMON MATH AND READING」という看板を見かける。
公文?、おいおい、変なもの輸出するなよ。
時代の流れなのかよう。ああ、フィリピンの子供達も管理されていく。
でも、経済状況からいってもまだまだだよな。
ハハ、一安心。

by wakahiroo | 2005-01-25 11:02 | ○フィリピン点描
2005年 01月 10日

カビテのゆうさん宅を訪ねる

1月9日(日)

フィリピンでの家の購入を計画していた私。
千葉のゆうさんのホームページを拝見していて、カビテに家を新築したのを知り、家を見学させていただけないかとお願いしていた。そのゆうさんからお誘いがあったので、喜んでお宅を訪問することにした。
ラスピニャスのEvacomでタクシーをつかまえる。
渋滞にもあわず順調に40分ほどでゆうさんの住むヴィレッジに到着。ヴィレッジの入口まで奥様が迎えに来てくださっていた。

 (マニラのタクシー情報)
   ラスピニャスーカビテ往復(カビテでの待ち時間、約2時間) 1100ペソでした。
   なお、ゆうさんのヴィレッジは、カビテのゴルフ場の近くです。

実際にお会いするのは始めてである。
ゆうさん、私を見るなり、開口一番、なんと
  「わあ、インタネットと同じだ!」
当たり前でしょう。ゆうさんも、人が悪い。妙なことに感心するな!
インタネットと違っていたらどうなるの?

ゆうさん、思っていたよりずっと若い。明るくオープンな性格の好青年(ちょっと持ち上げ過ぎか、反省)いや、好中年。というより快男児かな。
うちの女房と同じ年、同じ月の生まれだそうだ。

ネットでは、奥様の方が強いとぼやいていたのだが、なんのなんの、なかなかの夫唱婦随ぶり。的確に指示を与えておられた。

ホスピタリティに富んだ、明るく楽しいご家族で、居ても少しも気疲れしない。
素敵な家族だ。

早速、お宅を案内していただいた。
2階と平屋の家を改築なさったそうだ。
1階は家族共通のリビングルームとキッチン。
2階は、4ベッドルーム。ゆうさんの好みで、シャワールームとトイレを別にしている。
広くて使いや易そう。
3階部分(屋上)は、まだ未完成。
ゴルフ場が見え、ゆったりとお酒でも飲めば、気持ちよさそう。

という私は、ラスピニャスに中古住宅を購入することになりそう。
改修にどれくらいかかるか、今から頭が痛い。
ゆうさんの家は、新しくてピカピカしていた。ウーン。
○○と畳は新しいほど良い。ウーン、関係ないか。
ごめんね。古女房殿。


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ゆうさんが電話すると、この日フィリピンに到着されたばかりのmasaさんも、いらっしゃることになった。masaさんとも初対面。ネットでもお顔を拝見したことがない。どんな方が来られるか、興味津々。思っていたよりは私の年齢に近かったが、想像通り、落ち着いた、穏やかな感じの方だった。

静かで控えめな身重の奥様を気遣うmasaさん。奥様とお子さんを見守る優しい視線が印象的でした。

masaさん家族は、私が買うつもりになっている中古物件があるPampulonaに住んでおられる。これも何かのの因縁かな。

かくして、一昔前には考えられなかった、ネットを媒介とした交友関係。共通事項はフィリピン人の妻だけ。岐阜、千葉、東京と遠く離れた場所に住み、それぞれの違った人生を歩んできた、年代も相当に違う三家族がそろった。ネットがなければ知り合うことが無かったろう。不思議なものだ。
が、ネットで話し合っているだけに気心も知れている。始めて会った気がしない。最初から打ち解けた雰囲気で和やかに会話も弾んだ

新しい格言。
馬鹿とネットは使いよう
良いだろう、このフレーズ。
ネットの危険、落とし穴を声高に吹聴する方に捧ぐ。
  虎穴に入らずんば、虎子を得ず。
必要以上に怖がるなっつーの。

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追伸
ゆうさん、お雑煮、ご馳走様でした。
おいしかった。

by wakahiroo | 2005-01-10 16:49 | ○フォト日記(マニラ)
2005年 01月 08日

フィリピンの花(bulaklak ng Pilipinas) その2

散歩中、出会った南国の花達を続けて紹介しよう。
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こんな風にフェンスの上を飾るのも洒落ているよね。住人にお会いしたいな。品性、なんとなく感じ取れるよね。
まだ、クリスマス、新年のイルミネーションの豆電球も残っている。夜もきれいなんだぜ。

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フィリピン人の生活する場には、こんな花が咲いているんだ。
そして、花を愛する人達がいるんだ。日本の庶民と何も変わらないだろう。
日本人の感性には、色合いも形状も少々毒々しく感じるものがあるかも知れない。
風土、気候が違えば人々の嗜好、美意識、考え方、感じ方が違ってくるのは当然だ。文化の多様性だよね。地球には、いろいろな人々が生きているんだ。
それを認識できることが国際化ということなんじゃないかな。

でもね、今日、言いたいことはそんなことじゃないんだ。
フィリピン、フィリピン人と言うと、一般的な日本人は、怖い、汚い、危険だ、いい加減だ、信用できないというようなマイナスのイメージがどうしても先行してしまう。
意識下に深く根付いてしまっている。

こういう負のイメージを変えるにはどうすれば良いかについてなんだ。

先日、きれいな海、豪華なリゾート施設を紹介するTV番組があったが、それでフィリピンのイメージが向上すると単純に考えている人が意外と多いのに、驚いた(一部の人たちは意図的に問題をそらしているのだけれども)。
フィリピンの否定的部分、貧しさ、汚さ、危険、いい加減さをセンセーショナルに報道するのと、一般庶民の生活と隔絶した観光地を好意的に(?)空々しく報道するのとは、私にすれば、同じ次元に属するものだ。フィリピンを偏見を持って高みから眺めている点では、少しも変わりない。
経済的には潤っている国民の経済的に貧しい国民を見る、高慢で驕った心の表と裏なのさ。

そんなことで、フィリピンに対する負のイメージを払拭できるかい。
日本人の心の深層に染み付いたイメージを改善するのは、そんな簡単なことではできない。
まずは、日本の内なるフィリピンを変えないことには、どうにもならないさ。

このことについては、そのことで利益を得ている人たちは、隠して触れようとしないし、問題をすりかえようとする。

日本の内なるフィリピンを変えるというのはどういうことなのか、ここではあえて触れない。
しかし、歴史は必然的に変わる方向に進んでいくと最近は楽観的に考えている。

少子高齢化の極度に進んだ日本は、将来、他民族の移民国家になるしか、生きる道はない気がしている。

おいおい、話は、とんでも無い方向にきてしまった。
暇を持て余した、デスエーブルな隠居ジジイの妄念と思い、勘弁してくだされ。
ごめんなさい。

とにかく、フィリピンには、基本的には日本の庶民となんら変わらない、花を愛し、日々の幸せを願い、善良で優しい、普通の人々が生活しているんだ!!

by wakahiroo | 2005-01-08 12:40 | ○フィリピン点描
2005年 01月 05日

フィリピンの花(bulaklak ng Pilipinas) その1

「フィリピンの花」と言っても、なにも特別な花ではない。
近隣を散歩するとき、路端や家々の垣根で、道すがら、目にする花である。
きっとフィリピンでごく普通の花なのだろう。

私は、元来、無粋な人間である。日本では花に関心を示したことはほとんどなく、ろくに花の名も知らない。ましてや、フィリピンの花の名前なんて、知るわけがない。

隠居ジイサンの定番は盆栽いじり。
家を手に入れたら、庭や垣根を花で飾ろうか
などと考えている。ハハ。
私にしては革命的に高尚な趣味になるんじゃないかな。

まずは、今回、アップした花の名を知らなくちゃ。聞いたり調べたりしてみるさ。
そのうち、フィリピンの花に詳しくなって薀蓄なんか語たり出したりして。
乞う、ご期待。

これは自信を持って言える事だが、ガッチャリアンを歩いていると、日本の町並みよりはるかに花影が多い。通りのそこここに色とりどりの花が咲き乱れている。
南国特有の気候も影響しているんだろうが、それだけじゃない気がする。
花を愛づる人には悪人が少ないよね。
これくらい花を愛するガッチャリアンの住人たち、優しい心の持ち主なんですよ。
フィリピン人の女房を持つ男のちょっと身びいきな発言でした。ハハハ。


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ガッチャリアンのごく一般的な通り。
よくわからないが、ガッチャリアンはフィリピンのミドルクラスの人たちが暮らすヴィレッジだと思う。のどかで暮らしやすそうじゃないかな。
実際、時間もゆっくり流れているような気がする。
「フィリピンは汚い」なんてイメージには、結びつかないでしょ。

by wakahiroo | 2005-01-05 14:30 | ○フィリピン点描
2005年 01月 01日

人を憎まず、心を開く!

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皆さん、明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
        2005年元旦    佐太郎

これ、いつもの散歩のスタイルなんです。近くの小公園です。
自分でも、柄の悪い、変なおっさんと自覚しております。
上は、アンダーシャツですぜい。
この方が目立たず、溶け込んでるような気がして。
正月早々、はしたない格好でごめんなさい。

今年の目標:大晦日まで生きること。

今年の抱負:やっぱり、心を開くことかな。それと、小人物なので、人をすぐ憎んでしまうのです。それを少しでも、改めることができれば良いなあ。

by wakahiroo | 2005-01-01 00:00 | ○フォト日記(マニラ)