隠居生活☆東京・マニラ行ったり来たり

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2003年 08月 14日

ホームページ開設まで(2002年3月~)

★脳出血で倒れる
まだ、5年や10年、働くつもりでいた。でも、それが、不可能な状況になった。
神様は、そうそうは見逃してくれなかった。傲慢で、でたらめでいい加減な生活をしていた私を。
ついに悪運は尽きた。(そうでもないか。まだ、生きているもんな)。

人生の転換点は、予期せぬとき、予想もしない様相で訪れる。
まさしく晴天の霹靂だった。

2002年3月
その日、私は、自宅塾で仕事を終えた後、徹夜で新しい仕事のためにパソコンに向かっていた。朝も白み始めた頃、トイレに行き、寒気を感じて風呂に入る。
風呂から出ようとしても出られない。力が入らない。大声で女房を呼ぶ。


★左半身麻痺
救急車に乗せられ厚生年金病院に入院。ストレッチャーでICUに運ばれる。
一連の出来事、断片的に薄っすらと覚えている。
気がついたときは、ベッドの中。脳外科病棟。
女房の心配そうな声を聞いたときはうれしかった。不思議に、死ぬとは思わなかった。

2、3日間、左の手足のプチプチと神経の切れていくような奇妙で不快な感覚。
その音が実際に聞こえるようだった。
左片麻痺となる。半身不随、英語でhemiplegia。

誰もが、加齢と共に、身体の能力をじわっじわっと一つずつ奪われていく。
今までできたことができなくなり、老いを感じる。
が、私は、入院後、1週間で、一気に10年か15年、精神的にも肉体的にも歳を取ってしまった。
まるで浦島太郎だ。「片麻痺」という玉手箱を開けたら、おじいさんになっていた。


★鬱々たる日々
退院後、一人になった時から、本当の闘いが始まる。
すっかり変ってしまった自分に対する悲しみ、悔しさ、怒り。
ひどく落ち込んだ精神状態が続く。
モヤのかかったような頭、重くてけだるい肉体、つらい毎日に気力が萎えてくる。
現実を認めること、受容することがなかなかできない。
姉たちに電話し泣き言を言っては、叱られる。
「死にたい」が口癖となり、女房につらい思いをさせ、息子にあきれられる。
俺って、こんなに弱かたっけ。
心の問題は、自分で解決するしかないとわかってはいた。
が、なかなか、「鬱状態」から脱出できない。

このままでは、駄目だ。
何のため生きているのか。生きている意味がつかめない。

片麻痺に関する本を片端から読み、インターネットで情報を集める。
将来の目標像をはっきりさせること、生きがい、夢を持つことの大切さが強調されている。
俺の夢は、何だ!!

仕事も始めてみた。つらい。頭が思い通りに働かない。
思考能力、推理能力は、ほぼ元のままだが、遅い!時間がかかる。
処理能力が数段落ちているのだ。性能の悪いコンピューター。
回路がうまくつながらないのか、前のようにてきぱきと処理できない。
すぐに疲れてしまう。集中しすぎると、頭がパニック、飽和状態。

そういうとき、再発の恐怖にとらわれる。無理はできない。
「引退」という2文字が頭の中をよぎる。


★信仰に目覚める
見かねた女房に、四谷の聖イグナチオ教会のバイブルクラスに連れていかれる。
気はすすまなかったが、おぼれる者はワラをもつかむ。
精神的にギリギリのところにいた。何でもしてみようと思った。それが幸運だった。
(詳細は、「神と共に生きる」を見てください)


★人生観が変わる
神父様の語り口は穏やかだった。示唆に富んだ言葉が心に滲みこむ。
心が鎮まり、生きる勇気が湧いてきた。
バイブルクラスに通いながら、自分の人生を問い直すことから始めた。

生産性が高いことを善とする価値観からの決別。効率主義の否定。
企業論理を離れて、精神の平安を求めていく。
「Never give up」の精神から「神の御旨のままに生きる」生き方へ。
「獲得する」人生から「捨てていく、与えていく、明け渡していく」人生へ。
神様からいただいたものは返還していく。
死は虚無ではなく精神の平安、苦しみからの解放である。

人と比較せず、自分の時間で、心にかなったことだけをして、ゆったりと生きていくんだ。
心が楽になった。


★フィリピン定住を決意する
女房とは、歳を取ったら、女房の故国フィリピンで暮らそうと約束していた。
ならば、その時期を早めたっていいじゃないか。

フィリピンに行ってハッピーになれるか、アンハッピーになるか、ミゼラブルになるか、そんなこと、バハラナ(なるようになる)。
気持ち次第さ。ハッピーになるよう、心がけるだけ。
何かが起こるかもしれない。動かないと、何も始まらないじゃないか。

住む場所も何もまだ決めていない。まったく白紙だ。
セブにするか、マニラ近郊にするか、はたまた、まだ名も知らない街になるか。

フィリピンに行って何をしようか。とりあえず、次の3点は、決めてある。
    田舎を旅すること。
    神に祈ること。
    静かに本を読むこと。
ただ、眼の調子があまり良くない。神様、本を読む能力だけは、しばらくお与えください。
ネガティブに言えば、死に場所を求めて、
ポジティブに言えば、己を完成させに、
ロマンティックに言えば、人生の素晴らしいエピローグを求め、死までの生を謳歌しに、フィリピンに行くのさ。


★ホームページを作成し始める
子供のように遊ぶのも良い。何もしないで無目的にのんびり過ごすのも良い。
が、退屈してしまうのは、目に見えている。

自分の生きがいになると同時に、他の人になんらかの役に立つことをしてみたい。
日本とどこかでつながっていたい。
考えていること、感じていることを情報として発信したい。

そういう欲求を満たすものとして、このホームページを開設することにした。
ホームページに関しては、ど素人。
まず、書店で一番解説書の多かった「ホームページビルダー」というソフトを購入した。
後は、付属のガイドブックと本屋で買った1冊の解説書だけを頼りに、試行錯誤でこのHPを作っている。
聞く人がいないので、細かいところはよくわからない。


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     ☆☆☆私のホームページのコンセプト(2003年)☆☆☆
(1) フィリピンのリタイアメント、ロングステイを考えている年配者との情報交換、あるいは、情報提供。
  自分がフィリピン定住で経験したことをありのまま伝えていこうと思う。
(2) フィリピンの田舎を旅をし、フィリピンの美しい自然とごく普通の人々の暮らしを紹介する。
  他人に見せるためよりも、自分の生きがいとしてやっていくんでさあ。体力の続く限り。
(3) 私の信仰の深化成長、教会での出来事等の記録。
  教会、祈りは私の生活の一部となりつつあり、それ抜きでは語れません。
(4) 片麻痺の状態、リハビリの記録。片麻痺ニューカマーへの助言。
  同じ病の方々と交流し、生きる勇気とリハビリへの意欲をもらいたい。
(5) 私の人生に私なりにけじめ、区切りをつける。
  ホームページ作成の過程でいろいろと考えさせられます。
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★最後に
倒れたとき、病院のベッドで思い浮かんだ歌、
   終に行く道とはかねて聞きしかど昨日今日とは思はざりしを
皆さ~ん、特に、私と同年代の年配者の皆さ~ん、
何時までも健康でいられませんぜ。残された時間を命を、意味あるものにしてくださ~い。人生を勝ち負けで判断したりしていませんか。死ぬまで握ったものを離すまいとあくせくしていませんか。あなたの抱く「愛とか思いやり」が優越感に裏づけられていませんか。淋しいですね。
まあ、人、それぞれですけど・・・・

by wakahiroo | 2003-08-14 09:11 | ★HP開設(2003年)