隠居生活☆東京・マニラ行ったり来たり

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カテゴリ:◎フォト日記(東京)( 18 )


2005年 12月 28日

入院、そしてクリスマス・イブ

12月25日(日)
11月マニラで痛風にかかりまったく歩けなくなり、マニラの病院に入院した。
車椅子でなんとか日本に帰ってきた。
11月29日から12月11日にまで厚生年金病院に入院しリハビリに励んだ。
退院時は杖つき歩行だったが、今は何とか杖なし歩行ができるまで回復した。
体力をつけ、歩く距離を伸ばす段階にある。
一時は、寝たきりになるのでは、車椅子を使うことになるのではと悲観的になっていた。
そのことを思えば、感謝、感謝の毎日である。

クリスマス・イブ、夕方、女房と東京ドームシティまで、歩いて行ってきた。
歩行はかなり苦しかったが、結構濃密な時間を過ごすことができた。
熟年カップルのクリスマスイブ・ラブラブデートさ。
休日、祝日並みに混んでいた。デートの若いカップルが多かったなあ。

ウインター・イルミネーション、綺麗だった。
そして、冬の噴水ショウ。
夏の夜は何度も見たけど、違った趣があった。
隣りの屋外ステージでは、おっさんの黒人歌手がクリスマスソングやら、ゴスペルやら歌っていた。寒かったけれど、なんだか心に沁みた。

迷惑をかけた女房に感謝。
死ぬまで仲良くするよ。

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夜のラクーア全景
左上が後楽園スタジアム

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マンダラドームと名のついたイルミネーション

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ピラミッド型のイルミネーションのをバックにした女房


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いろいろなお店の入ったラクーアの建物


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冬の噴水ショウ

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ゴスペルを歌う黒人のおっさん歌手
心にジーンと響いた。

by wakahiroo | 2005-12-28 14:53 | ◎フォト日記(東京)
2005年 09月 15日

和夏、東京に来る。

 8月28日(日)

浜松に住んでいる長男夫婦と孫娘の和夏が、東京に遊びにきた。
1歳と1ヶ月ちょっとになっていた。
以前、私の天使と言ったが、とにかく存在そのものが愛おしいのだ。
自分の遺伝子を少しでも持った者への人生の残り少ないジジイの本能か感傷か。
とにかく、可愛くて、愛しくて、一緒にいるだけでうれしい。
神様がそんな風にプログラムを組んでいるんだな。

大泉逸郎の演歌「孫」を思い出した。

   なんでこんなに可愛いのかよ
   孫という名の宝物
   じいちゃん あんたにそっくりだよと
   人に言われりゃ嬉しくなって
   下がる目尻が 下がる目尻が えびす顔

   もみじみたいな小さな手でも
   今につかむよ 幸せを
   仕事一途で果たせなかった
   親の役割 代わりの孫に
   今は返して 今は返しているところ

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フィリピンのバクラランで買った1組200円の服を着ている。

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b0018885_1184253.jpg皆で東京ドームシティ・ラクーアへ行った。
初めてちゃんと、抱いた。
涙が出そうになった。

b0018885_1192483.jpgババも可愛くて、可愛くて・・・

b0018885_1113997.jpgおじさんにたくさん甘えなよ

b0018885_11195168.jpg裸を無断で撮ったら睨まれた。

b0018885_11212228.jpg一緒に回転木馬に乗るのが夢だった。

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孫がいると、会話も円滑にすすむ。
ありがとう、和夏!

by wakahiroo | 2005-09-15 10:16 | ◎フォト日記(東京)
2005年 08月 18日

デング熱って知ってるかい?

7月14日夜、帰国前夜、突然、体調がおかしくなった。
カシミーロのよく行くお店で女房とビールを飲んでいたが、酔いが急に回り眠くなった。
帰りのタクシーから見える景色、見慣れているはずなのに、どこか違う。
夢の国でもきているような気分だった。もう、この頃から高熱が出ていたのだろうな。
なんとか家に帰り、倒れこむようにベッドに入った。瞬間的に寝入ったようだ。

短い時間で夢を見た。
左足を切断する夢を。
多分高熱にうなされていたのだろう。幻覚のような感じだった。
潜在意識の中で、不自由な左足に嫌気がさしているのだろうか。
でも、何故、切断に繋がるんだろう。正気では理解できない。
潜在的な願望か。意識化の世界って、謎だよな。
人間を紐解く鍵があるんだ。
私の左足切断の願望について、じっくり考えてみる必要があるな。

飛行機の時間が気になり、翌朝起きなければならないという意識ばかりが先に立つ。
何度も何度も眼を覚ます。
身体がだるい。この時点では風邪をひいたと思っていた。
体温計がなくて、体温は計らなかった。
計っていたら帰国を延期したかもしれない。

女房のおばさんの子供、オベットに空港まで送ってもらった。
つらい。車から降りたがうまく歩けない。
地獄の始まりだった。
足がもつれて、先に進まない。立っているのがやっとという感じ。
空港の職員に車椅子を勧められたが、私の勝気を知っている女房が断った。
実のところ、乗ってもいいかなという気分だったのに。
空港内は、ほとんど椅子を3,4人分占領して横になっていた。
背に腹はかえられない。普段は紳士の私(悪い冗談です)なんだが・・・・

入管の手続き、持ち物検査、なんとか、ふらふらになりながら、済ますことができた。
ところが、機内が白熊部屋。なんであんなに冷房を効かすんだい。
こちとら、セーターを着用していたが、まだ震えがくる。苦しいときは時間が流れない。長い長い3時間半だった。
成田では動く歩道があって、助かった。
一応、検疫に立ち寄る。
普段は少々調子が悪くとも無視するんだが、今回はつら過ぎた。
係りの女医さん、看護士さんは親切だった。
体温を計られた。39.2度だった。
血液検査ということで、血液を4本、取られる。

少し楽になっていた。スカイライナー、タクシーを乗り継いで、家に無事到着。
息子がテレビドラマ「ドラゴン桜」を見ていた。
珍しい、ドラマを見るとは。
私達がいないうちに心境の変化でもあったかな?
私達の帰国を待っていたてれかくしかな?
久し振りに息子の顔を見られたうれしさに一緒にテレビを見る。
でも、すぐに爆睡する。

翌日、検疫から「デング熱にかかっている。保健所からの電話を待つように」との電話があった。
「デング熱? ハアッ?」って感じだった。
だいたい、デング熱なんて、名前だけはかろうじて知っていたが、どういう病気か、まったく知らなかった。身体はまだつらかったが、デング熱ついてインターネットでr調べ、予備知識は獲得した。ふんふん。

しばらくすると、保健所から電話があり、国立国際医療センターに行くように指示された。
よかった。タクシーで10分くらいの距離だ。
病院代を取りに銀行に行くと、隣の木村さんの奥さんに会った。
「これから国立国際医療センターに行くんですよ」と言うと、「私もよ」という返事。偶然だなあ。
よく考えたら、木村さん、国立国際医療センターの看護士さんだった。


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戸山の国立国際医療センターの前で、診察を終えて、天を指差す佐太郎。
どうして、天を指しているかって?
今思い出してもわからない。
体調はまだ悪く、つらかった。
この日は女房がついてきてくれたが、カメラを構えた女房に何かポーズを取らなければと思った結果がこの格好。
佐太郎って、結構、サービス精神旺盛なんだぜ。
けして宗教的に開眼してモーゼを気取ったわけでもなんでもない。
指差す方向にUFOが現れて驚愕していたわけでもない。
ひょっとすると、無事生きていますよと、神様に感謝している、私なりの表現なのかも。


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地下鉄大江戸線の若松河田駅を出たところ。
大江戸線は東京で一番新しい地下鉄で、車両も小型である。
この駅は、東京女子医大病院と国立国際医療センターの二つの大きな病院がある。
国立国際医療センターはここから歩いて5分くらいのところにある。
この駅の前の通りは、新宿で飲んで、タクシー代のなかったとき、いつも歩いて帰った路だ。
河田町には、昔、フジテレビがあったな。
学生のとき、よく選挙速報のバイトに行ったことを思い出した。


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この海外旅行者センター、東京地区の海外での感染症患者を引き受けているようだ。
他に海外旅行者の予防接種もしていた。

最初の1週間は身体がだるくてつらかった。本調子を取り戻したのは3週間くらい立ってからかなあ。
とにかく、とんでもない体験をしたもんだ。こんな体験、二度とごめんだ。

ここで、デング熱について、おさらいしておこう。

マラリアと同様に、熱帯亜熱帯地域に分布するウィルスによって引き起こされる感染症。マラリアと違って都会で流行することも多く、ある意味ではマラリアよりも感染する危険性は高い。
(感染源) デング熱ウィルスを保有する蚊(ネッタイシマカ、ヒトスジシマカなど)に吸血されることで感染する。
(症状) 通常5~6日の潜伏期間を経て、突然の発熱で始まる。熱は38~40度程度で5~7日間持続し、激しい頭痛、関節痛、筋肉痛、発疹を伴う。
私は、発熱と頭痛くらいで済んだが、しばらく身体がだるく、何かをやろうという気持ちが持てなかった。
(治療法) 対症療法だけで、特効薬はない。特別な治療を行わなくても軽症で済むことが多い。
ただ、出血(皮下、鼻腔、歯肉など)を伴う場合はデング出血熱と呼ばれ、死亡率も高く、即、入院することが必要だ。医者は、血液中の血漿板の数が減ると出血すると言っていた。
(予防法) 蚊に刺されないようにすることが唯一の予防法だそうだ。といっても、それは難しいよな。
蚊が出てくる時間には、なるべく長袖、長ズボンを着用し、香取線香、防虫スプレーを併用しよう。
懲りたものなあ。でも、多分、忘れるぜ。ハハハ。

アツモノに懲りてナマスを吹いてもしょうがないよなあ。
フィリピン暦30年で始めての体験。
気にしない、気にしない。

by wakahiroo | 2005-08-18 16:44 | ◎フォト日記(東京)
2005年 05月 09日

女房、日本に帰る

5月7日(土)

女房が夜11時過ぎ、家に帰ってきた。
マニラの空港で別れてから、2ヶ月ぶり。
やっぱり、女房がいると、ほっとする。

翌日の日曜日、姪っ子と三人で、四谷の教会のミサの後、四谷ー赤坂ー六本木ー麻布十番と、歩いた、歩いた。

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四谷・聖イグナチオ教会のマリア様の像の前で

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六本木ドンキホーテの前で



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六本木ヒルズけやき坂入り口のスターバックスで

by wakahiroo | 2005-05-09 16:38 | ◎フォト日記(東京)
2005年 05月 02日

母の3回忌で富山へ行く

4月16日(土)~19日(火)

母の3回忌の法要で富山に行ってきた。
兄弟、ジジババ5人(ジジは私だけだが)の旅になった。
東京駅から越後湯沢まで新幹線で行き、そこからほくほく線の特急に乗り換える。
標高が高いのだろう。越後湯沢、十日町あたりはまだ雪が残っていた。車窓からの雪景色、なかなかのものだった。
富山駅前のエクセルホテル東急に宿泊。
第1日目は、墓掃除と墓参り。
フィリピンを生活の拠点にしようと決めている私は、富山に来るのは最期かもしれない。
ここで眠っている母と父と兄貴に心をこめてお別れをしてきた。
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姉がゆとりを持って日程を組んでくれたので、富山で自由な時間がかなりとれた。
ちょうど桜の花が満開であった。
ホテルから歩いて15分程度のところにある、富山城址公園の川沿いの桜はとてもきれいに咲いていた。
今年2度目のお花見。
両方ともアルコール抜きでであったが、始めての体験である。
場所によって開花の時期が違うんだよな。
日本は広い。

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垂れ下がる桜の枝と堀に浮かぶ桜の花びら。
心の奥深くに潜んでいた情念が打たれたようである。
しばらく、じっと動かずに、見入ってしまった。
潔くてはかなく、派手ではあるが静かに咲いている・・・
やっぱり日本人なんだな。
南国の花々と違った趣がある。

富山は父の生地である。
北海道生まれの私には、異国であったが、何度か来るうちに、懐かしい気持ちも沸いてきていた。私のDNAの中にその記憶が埋め込まれているのかな。
今まで無関心でいた父と子の絆というものを考えてしまった。
父は、親孝行を、感謝らしい感謝を示す前に他界していた。
今になって、自分が情けなくなった。
自分の息子に冷たくされても仕方ないか。ハハハ。


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兄弟5人がそろって集まることは当分あるかどうかわからないということで、最後の晩は皆で宇奈月温泉に泊まることにした。JR富山駅から富山地鉄というローカル線に1時間半ほど乗れば宇奈月温泉駅である。まだ、ところどころに雪渓が残っている。富山は東京と比べて空気が澄んでいると思ったが、それより一段と澄んでいる。
宇奈月ニューオータニホテルに宿泊。
学生時代、白馬岳は何度か登ったことがあるが、宇奈月温泉は始めてである。
トロッコ電車はまだ走っていなかったが、アルペンルートは開通したばかりだった。
そういえば、富山のホテルにには大勢の中国人(多分、台湾人)の観光客が泊っていた。アルペンルートの雪の壁を見に来ていたんだな。


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夕食はなかなかの美味であった。ビール1本も飲む。
私の年齢には、やはり和食が向いている。
温泉には、合計三度入ったが、ほとんど貸切状態であった。

兄弟というのは、遠慮しない分、よく喧嘩もするが、やっぱり良いものだ。
なんだかんだ言っても、お互いを心配している。
子供時代にかえった気分だ。
和気あいあいとした雰囲気の、血の繋がりを感じた4日間であった。
血は水よりも濃し!

これからフィリピンに定住するつもりでいるが、気持ちの上で、一つの区切りがついた。

by wakahiroo | 2005-05-02 06:01 | ◎フォト日記(東京)
2005年 04月 29日

大江戸温泉物語・永住会ミニオフ会

4月10日(日)
なんのことはない。
お台場の大江戸温泉物語に一度行きたかったのだ。
一人では、ちょっと行く気がしなかったので、フィリピンで親しくしていただいた千葉のゆうさんをお誘いしたのだ。
ゆうさんは永住会の副会長。それなら、永住会のミニオフ会にしようとあいなった次第である。
急に決めたのどれだけ集まるかわからなかったが、2家族だけでも良いという気持ちで決行した。
子供を含めて、総勢9名のミニオフ会となった。
和気あいあいとした雰囲気で楽しい時間を過ごした。

    詳しくは大江戸温泉物語

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久し振りのお台場。ゆりかもめに乗って行こうとしたが、ゆりかもめは混んでいるという情報を得た。
そこで、急遽、変更。飯田橋から、地下鉄東西線に乗り、新木場駅でりんかい線に乗り換え、東京テレポート駅で降りた。そこで大江戸温泉までの送迎バスに乗る。
バスの中でフジテレビらしい建物を見て、姪っ子がパチリ。ん?何で、パトカーがいるんだ?

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女房がまだマニラに滞在しているので、姪っ子を連れていった。
姪っ子は大きなお風呂デビューである。恥ずかしいから、お風呂に入らないなどと、ほざいていたが、浴衣を着て、ご機嫌。
ゆうさんの奥様の存在が心強く、いろいろなお風呂を楽しんでいたようだ。

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大広間のアトラクションでマンガ太郎に似顔絵を描いてもらっているゆうさんの奥様。
希望者を募ったところ、率先して手を挙げた。さすがフィりピーナ。うちの女房と一緒です。
でも、似顔絵、似ているよね。プロだねえ。

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リラックスしているゆうさんのご家族と姪っ子

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記念写真です。
楽しかった。また、行きたいなあ。

by wakahiroo | 2005-04-29 08:20 | ◎フォト日記(東京)
2005年 04月 28日

永住会関東オフ会

3月20日(日)
永住会とは、連れ合いがフィリピン人で、将来、フィリピンに居を定める意思を持っていることを条件にした、インターネットを通じて知り合った人々の集まりである。
連れ合いがフィリピン人だけに、フィリピンに興味を持ちフィリピンを愛していることでは、並々ならぬ人がほとんどである。
フィリピン関係のホームページを持っている方も多い。

その第1回の集まりが大宮で開かれた。参加人員32名にも達し、盛会のうちに終了した。
原則として、夫婦同伴であるが、私のように女房が現在フィリピン滞在中の場合などは単独でも許された。子供連れもおおいに結構という、とてもアットホームな会となった。
職業もさまざまであり、フィリピンとの付き合い方にもいろいろなスタンスであるが、集まってみると、共通の悩み、共通の楽しみ、共通の目的意識があるせいか、すぐ打ち解けて和やかな雰囲気になった。
インターネット経由のせいか、なんと、私が最年長者だった!
おお、そんな歳なんだ。



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2次会のカラオケルームにて
2部屋に分かれたが、こちらのグループは、男性主体の歌いたがらない人たちの集まりになってしまった。もう一つは、女性主体で、おおいに盛り上がったそうだ.。


会員も徐々に増えて、全国に散らばっている。準備整い次第、各地でオフ会が開かれる予定だ。すでに、広島オフ会は終わり、近々、関西オフ会、マニラオフ会が開かれる。
今までは、フィリピン人家族との付き合いは、教会関係のものだったが、これで選択肢が倍になった。忙しくなるぞ。閑をもてあましているから良いけど。ハハ。


付録 翌日、神楽坂の「茶療」というお店にて
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フィリピンでお会いして、フィリピンでは近所付き合いのmasaさんが岐阜から出席されたいた。
夜も遅かったので我が家に1泊されたが、せっかく来たのだからと、翌日、姪っ子も連れて一緒に神楽坂を散策した。

by wakahiroo | 2005-04-28 14:53 | ◎フォト日記(東京)
2005年 03月 24日

東京に帰っています。

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3月8日、東京に戻りました。
老齢年金申請の手続き等で、ブログの更新もままならぬ状態が続いています。

女房は、購入した家の引渡し等で、帰ってくるのは、4月に入ってからでしょう。

フィリピン関係の話題は、こちらでアップしますが、それ以外は
    佐太郎のブログ・フォトHP
の方にアップします。

今回は、「東京に戻る、帰る」と表現しましたが、そのうち、「マニラに戻る、帰る」と言うようになるのかなあ。

お粗末ですが、デジカメの写真をアップすことができない状態にあります。
古いカメラは女房が使っており、新しいカメラは、チャージャーをマニラに忘れてきてしまったのです。女房の帰国待ちです。

写真は、久し振り散歩した後楽園ドームシティ。
折から、芸人ヒロシのコンサートをしていた。

by wakahiroo | 2005-03-24 10:08 | ◎フォト日記(東京)