隠居生活☆東京・マニラ行ったり来たり

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カテゴリ:○マニラよたよた歩き( 12 )


2005年 08月 18日

バクララン攻略(7月10日~7月17日)

スーカットを空港方面に走るジープニーの終点は、ほとんどバクラランである。
以前、夕刻、バクララン行きに乗り、終点とおぼしきところで降り、道に迷って途方に暮れてしまった。いくら老いぼれてチンバになったとは言え、元街角放浪人としてのプライドがいたく傷ついた。
そのときからバクララン攻略は悲願なのである。
1週間、とにかく昼となく夜となくバクラランをひたすら歩き回った。
自分なりにバクラランは攻略できたと思っている。
良くも悪くも、これぞフィリピンという庶民の街。
バクラランが大好きになっていた。
もう地図が頭の中に入っている。
ところで、ここでトリビアを一つ。
場所的に間違いやすいが、バクラランは、パサイ市ではなくて、パラニャーケ市だよ。

バクラランを要約しよう。
聖と俗が見事に両立、混交している。私流にキャッチ・コピーを作ってみると、
   聖と俗との交差点、バクララン。
   エネルギッシュで雑然とした庶民の街。
主役はフィリピン人のオーディナリー・ピープルだ。
フィリピン人のフィリピン人によるフィリピン人のための街。
教会とマーケットとネオン街を同時に見聞できるぜい。

聖は、バクララン教会とそこに集まる敬虔な信徒達。
俗は、喧騒と混乱のマーケットと少しでも安く買おう、少しでも高く売りつけようと交渉に忙しい庶民達。そして、エアポートロード、キリノ・アーべニューのネオン街の酔客と女達。

まず、ロハス・ブルバード沿いにバクララン教会がある。なんと言おうが、この教会がバクラランの中心だ。
教会の左側にLRTのバクララン駅付近まで、約300メートルほど、マーケットというか、無数の露天が無秩序に際限なく続く。衣料品、日用品、食料品など、ありとあらゆるものが売られている。
混雑していて、道は凸凹。そこら中に障害物が存在し、私のような足の不自由人は、歩きにくいし危険である。
ここを歩いていると庶民の放射するエネルギーにあてられるのか、本当に疲れる。
(東京で言うと、上野あたりかな。アメ横もあるし・・・)
夜のネオン街は、なんと言ってもエアポートロードとキリノ・アーべニューが魅力的。
教会から200メートルくらい右に離れたところに、ロハスブルバードと直交して、エアポートロードがある。キリノ・アーべニューはロハスブルバードの1本、裏の通り。
この辺の夜は危険の匂いもプンプンで、踏み込むには勇気がいる。
観光客はまあ近寄らない方が無難かな。
でも、こちらの方に慣れるとロハスブルバードのお店なんか高くてつまらなくて、行く気がしない。

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バクララン攻略には、バクラランに泊まるというのが、地の利というものだ。
ところが、さすがバクララン。小洒落たきれいなホテルなどあるわけがない。
エアポート・ロードにやっと見つけたのが、このホテル・カールトン。
前世紀の遺物的な汚い古いホテルだ。
でも、見方によっては、結構風情があるんだぜ。
旧いものものには、新しいものにはない味がある。
俺って、酔狂かなあ。

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アット・ホームなフロント
フロントのおばちゃんと女房が世間話をしている。

私は片麻痺なので水のシャワーは絶対無理だ。
温水シャワー、冷房、冷蔵庫付きの部屋にした。
こんなのホテルだったら、当たり前なんだけど、フィリピンの安ホテルでは当たり前じゃないんだよね。
あっ、そうだ。
はっきりは映っていなかったが、ケーブルテレビで日本語放送が見ることができた。
日本ではほとんど見ない相撲を何気に見ていた。
琴欧州、こいつは強くなるななどと思いながら。
バクラランで相撲観戦。異国での日本語と日本文化。気持ちは休まる。

ただ、インターネットの環境は何も整っていなかった。
フロントのおばちゃんに尋ねると、不思議そうな顔をしていた。このホテルで求める方がどうかしているのかな。聞くだけヤボと言うものさ、ハハハ。

とにかく、1泊1400ペソ(2800円)、まあ、こんな部屋で手を打った。
それなりに何の不便もなかった。



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これでもホテルだぜ。素敵だろう。ハハハ。
エレベーターの中で4Fにあるビューティ・サロンの中年のバクラ(オカマ)氏に女房が「髪が痛んでいる、お店においで」と言われてとても怒っていた。
後で聞いたら、そのバクラ氏がこのホテルのオーナーなんだって。
人は見かけでわからんよね。再認識。
フィリピンでは、美容院の経営者はバクラが本当に多い。何故だろう。なんとなくわかるので、深く考えたことがない。今度、バクラを通してフィリピンを考察してみようか。
ていうか、直接、話も聞いてみよう。
確かに言えることは、フィリピンは、バクラ(オカマ)は日本よりはるかに社会的に認知されている。そういう意味では、日本よりずっと先進国なんだぜ。
フィリピンの普通の人々は、弱者、異端者に、寛容で優しい。
フィリピンの良さの一つにあげたいね。
女房とガッチャリアンを歩いていたとき、車の中からハッとするような美人が女房に声をかけてきた。女房が行きつけの美容院の仲良しのバクラとのこと。
ウーン、断然お話がしたくなった。近いうち、実現させよう。

b0018885_19575331.jpgこのエレベーターのボタン、ノスタルジーを感じないかい。
日本では、まずお目にかかれないぜ。
部屋は4Fだったが、4のボタンを押しただけでは動かない。上向きの矢印のボタンも押さないと動き出さないのだ。始めて乗ったときは、それがわからず、5分ほど、動かないエレベーターの中にいた。



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LRT高架下のマーケット
この道の向こうはキリノ・アーべニューに続き、エアポートロードにぶつかる。
LRTのバクララン駅上より撮影。
ちなみにLRTに私はまだ乗ったことがない。
電車なんて、全然興味がないものね。
ザポーテの方に延長すると聞いているが、私が生きているうちに実現するかな。

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平日の午前中で、空いている。混雑しているときはこんなものでない。
人、人、人で、まっすぐ歩けない。その人波を泳ぎわたるのは、精神的にも肉体的にも疲れる。グッタリとした状態で、「どうして俺はこんなところを歩いているんだ」と自問したもんだ。
「生きるってそういうこと。理由はない。見える、歩ける、人と交歓できる、それ以上、何を欲張るんだ。今生きてこうして市場を歩いていることに感謝せよ」と自答した。素直な気持ちになり、涙が出てきた。さすがは聖なるバクララン。

女房にスリが多いと注意されていた。放心状態で歩いていることが多かったが、被害はなかった。
ビッコのジイサン、スリも哀れに思ったか。
確かにフィリピンはそういうところがあるよな。
弱者は弱者に優しい。
なんて、甘く見ていると、そのうち、ひどい目に合うだろうな。
でも、それも運命、もう運命には逆らいはしない。
達観しているんじゃ。

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上の2枚の写真の反対側
この道をまっすぐ進むとエドサの通りに出る。
この先の方を歩いているとき、滝のような土砂降りに遭った。
道路が川になり、子供達が素っ裸になり、ゴムゾウリをはいてキャアキャア言いながら駆け回っていた。
微笑ましい情景、子供って良いなあ。もう一度、子供に戻ってみたい。
もう十分に戻っているって。確かにそれは言える。
もっと年齢層の上の女の子が裸で駆け回っていたら、もっと楽しいのになあ。
なんて想像していた俺って、本当に馬鹿だよな。
妄想は自由さ。
滝のような雨に閉じ込められて身動きできない老人のはかない抵抗さ、妄想は。ハハハ。
最近、羞恥心という文字が、私の辞書からなくなってきている。

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こんな露天がキリノ・アーべニューまで延々と続く。
普段は(特に水曜と日曜は)、はるかに混雑しているけど・・・
乞食もいれば、スリもいる。
値切らなきゃ損よ。
女房は、孫娘の洋服を100ペソ(200円)で2組買った。
さらに10ペソ(20円)、安くしようと、交渉している。
「もう帰ろうよ。疲れたよ」私はイライラして中止させた。
値切りの攻防に時間をかけるのは、日本人には向いてないな。
皆さん、頑張ってやってみてよ。私は無理だな。パス。

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夜の情景はこんなもの。
さすが、夜はあまり歩かなかった。危険は倍加するものな。


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ホテル・カールトンから30メートルくらい離れたところにある食堂
もちろん、エアポートロードに沿ってある。
毎日、お昼ごろ、朝食兼昼食を食べていた。
典型的フィリピン料理だが、味を薄めに抑えていて、口にあった。
閉まっているのを見たことがなかった。まさしく24時間営業って感じ。
何故か、ウェ-トレスのお姉さんが可愛い子ばかりだった。
女房と一緒に5品くらい頼んで、お腹一杯食べたが250ペソ(500円)くらい。日本じゃ、ラーメン一杯も食えない料金だぜ。


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普段は、午前11時ごろ、女房と向き合って、静かに食事していた。サンミゲール・ビール1本くらい飲みながら。なかなか良い雰囲気っしょ。

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でも、週末は違った。
場所柄、夜通し、遊んだ人たちが食事をしながら、朝の9時、10時から、ガンガンと大音量でカラオケを楽しんでいる。人が良い気持ちになっているとき、文句を言う筋合いもないし、よそ者の私が言えるわけもない。日本語で「うるさい奴らだなあ」と小声で言うのがせいぜいだった。
後ろに立っている裸の男を見て、女房が「あなた、そっくり」と言う。
うんうん、よーく観察していると、本当、私の酔っ払ったとき、そっくりだ。
酔っ払って大声でなにかわめきながら連れの肩や頭をむやみにたたき、別のグループにちょっかいを出して仲良くなり、時々奇声をあげ、時々店のお姉ちゃんをからかっている。
憎めない奴だ。
バクラランの俺に親近感を持った。
お前、大物になるぜ。
よく考えたら、なりっこないか。ハハハ。


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女房もやっぱりフィリピーナだ。
負けじとばかりカラオケを歌い出した。
女房の歌はお世辞にもうまいとはいえない。
できることなら聞きたくないという水準だ。
「うるさい!」と怒鳴りたかったが、女房が楽しんでいるのに、水をさす権利なんか俺にはない。
そんなことしたら後の不機嫌がこわい。こういうのは尾を引くからなあ。

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てなことで、憮然としている佐太郎

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エアポートロード
昼は何の変哲もない道路だが、夜は様相が一変する。
この先、200メートルくらい、バーというか飲み屋というか、小さなお店がずーと続いている。若い可愛い、あるいは、それなりのおネエさんが、客引きと顔見せを兼ねて、店の前に椅子を出して、ズラーっと並んで座って声をかけてくる。
壮観である。
さすがにその時刻、フラッシュして写真を撮る勇気はなかった。それがいかに危険なことかはアホな俺にもわかるさ。
でも、媚を売ってくる目の前の女性たちを見ながら、俺はしみじみと思ったねえ、彼女達の悲しみを、そして、この国の政治がメチャクチャなことを。
大土地所有制、一握りの大金持ちと圧倒的多数の貧困層。
この構造を変わらなければ、何にも変わらない。

ここの子たちは皆、できることなら真面目に働きたがっている。なのに、現実には仕事がない。子供を育てていたり、家族を養ったりしている女性も多いだろう。それぞれの人生を懸命に生きている。夜の街を歩きながら、他人の人生に思いを馳せる。
俺ってなんて優しい奴なんだろう!

何十年かかろうが、少しずつでも変わっていってほしいよな。
老人で外国人でスケベな俺が同情しても意味ないか。
同情するなら金をくれ、だよね。ハハハ。

「この国は何にもかわらないさ」と悲観的に言い放つフィリピン知ったかぶりの輩も多い。
けど、な~に、心配するなよ。
ある体制が永遠に続くことはないんだから。そんなの歴史の常識だろう。
いつかは激変の時がくる。俺が死んでからだろうけどね。

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ホテルの2軒隣のお店。
近くなので、日本人の友達と女房と3人で入って見た。何事も、経験さ。
「沸点」か。言い得て妙な店名だなあ。
ミュージック・ラウンジ・アンド・レストランなんてあるけれど、この種のお店はそんなもの、あんまり気にすることはない。要するに、女性が接待してくれるお店さ。
選り取り見取りで、若くて可愛い子選べるぜ。
料金は日本の居酒屋に行くくらいを考えておけばいい。
おいしいつまみは付いていないけれど、代わりに女性が付いている居酒屋くらいに考えておこうか。今のところ、げに恐ろしいや、円の力は。
やばい、このブログの趣旨に反するな。これ以上、詳しいことは言わないでおこう。

ただ一つだけはっきりしたことがある。
この手のお店は女房の監視付きで行ってもちっとも楽しくないということ。ヒヒヒ♪

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キリノ・アーべニューには、気になるお店がいくつかあったが、ここ「reoj cafe」はその一軒。
夜8時を過ぎると、車で次々と仕事帰りのフィリピン人が集まってくるのだ。何時行っても満席に近い。
カラオケを歌えるようになっている。接客はしない。ウェートレスは、若くてかなり高水準のきれいな子を揃えている。
モデル料を払っても被写体にしたい子が何人かいた。
安い。ビール1本、確か21ペソ(42円)。女房と何度か行ったが、いつも100ペソ(200円)くらいだった。
美人が多くて、安い。それだけで客がこんなに集まるのか。
バクララン初心者には、よくわからない。謎だった。

この店で女房とビールを飲んでいると、ウインドウ越しにニコニコ笑いかけてくる少女が二人。
ピーナツの袋を頭の上でブラブラさせて買ってくれと、訴えかけている。
12、3歳。近くのスラムの子だろうか。
でも、笑顔がすばらしいんだ。
純粋というか素朴というか、とても可愛らしい。
ピーナツをかってもらおうというもくろみあっても、天使の微笑みって、これだな。そう、感じた。
笑い返して手を振ると、手を降り返してくる。
この年代の日本の子の眼は死んでいる。
この子らのは、輝いて生き生きしている。眼に力がある。
裕福であることと幸せに生きるということは同義ではないんだと一瞬にして納得できる情景だった。

可愛らしい!
写真に撮りたいと思った。

ピーナツを全部買う代わりに写真を撮らしてもらおうと思っていしいそと外に出たが、そのときはもういなかった。後の祭り。
エンジェルの笑顔をお金で買おうとしたんだから、当然の報いさ。
それにしても、あの笑顔が忘れられない。


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バクララン教会(リデンプトリスト教会)の正面
いよいよ、聖なる教会を紹介していこう。
アジアで最大の教会の一つだ。なかなかの偉容だろう。

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門から聖堂までの道を行き交う信徒達。
同じような情景を見たかったら、日曜日お昼の、東京四谷の聖イグナチオ教会の英語のミサに出ると良い。フィリピン人がウジャウジャ、集まってくる。まるで、マニラにいるみたいだ。
私は、クリスチャンだ。
日曜日には、いつもこのミサに出ている。
何故、日本語ではなく英語のミサに出るかって?
答えは至極簡単。女房と一緒に出たいから。
白状すると神父様のおっしゃっている英語の5分の1もわからない。
だから、バクララン教会のタガログ語のミサに出ていても、何にも違和感がないんだ。
ところが、日本語のミサに出ると、神父様の言っていることがわかるので、「お前、偉そうなこと言って、なんぼのもんじゃい。お前、人生、どんだけわかってるんじゃい」とついつい批判的になってしまう自分がいる。
昔、学校で、校長や教頭の話を聞きながら、同じように批判的になっていたなあ。
人間の資質は、そうそう変わらない。
俺って扱いにくい信徒なだよな。自覚しているぜい。

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教会の前で休息する善男善女と佐太郎
「君にとってキリスト教とは何?」と聞かれたら、「死を怖がらずに受け入れるために必要不可欠なもの」と端的に答える。
さらには「放っておくとでたらめで放縦無頼な生活をしてしまう私が、残された人生、なるべく人の道からそれないように、行き先をそれとなく指し示してくれる灯台かな」とあえて付け加える。

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同じく、我が愛する女房
私は、脳出血で倒れ、半端でなく落ち込んで死さえも考えたいたとき、女房の勧めで、洗礼を受け、カトリック教徒になった。言わば、女房は先達さ。
老後の人生、夫婦が同じ宗教ということ、結構大切なことかも知れないな。

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バクララン教会の側面
教会の外と比べて、静かで落ち着いた雰囲気が漂う。

私は頭で小難しくキリスト教を理解するのではなく、心でキリストの存在を感じ取りたい。そういう意味では、フィリピンの庶民と近い側いるかも知れない。
私は、多くのフィリピン人と同じように、時にはいい加減に、常には心の支えとして、キリスト教とつきあっていくことになるだろう。

人は、それぞれのスタンスで、キリスト教と接していっていいんじゃないのかな。
真面目な人は、真面目にキリスト教と付き合えばいい。

私は根っからの組織嫌いだ。
教会の組織と言えども、信者を監視し、束縛し、管理するようなら、そんなもの、無視するさ。

異端だって。異端でいいよ。
俺は俺のやり方で神と共に生きていく。

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これだけは、声を大きくして言っておこう。
私は神の存在を信じている
これがとても重要なことなんだ。

「困ったときの神頼み」
一般的には、否定的ニュアンスで使う。
私は肯定的に使いたい。
神の存在を否定する無神論者にあえて言う。
困ったときに頼める、すべてを引き受けてくれる神がいるって、すばらしいことなんだぜ。

私は神の存在を信じている



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ミサが終わり、三々五々と帰っていく信徒達
若い人も多い。
フィリピンでは、キリスト教が生活の一部となっている。
教会が生活に密着している。
私にはとても居心地良い。

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一概にはいえないが、四谷の日本人信徒はどちらかと言うと知的で、生活レベルの高い人が多い。でも、性格がチャランポランで、秩序というものを好まない私には、冷たく感じられ、取っ付きにくい。
だから、バクララン教会に来る人々を見ているとなんだかホッとする。教育もなく、その日その日の生活がやっとというような人もたくさんいるだろう。

教会活動に熱心な、聖書をよく読んで理解している教養のある人達と、キリストに一方的に救いを求めるだけで、その日その日を懸命に生きる人達とでは、どちらが神に近いかと言うと、私には、なんだか後者のような気がする。フィリピンの極貧の人たち、性を売って生活を立てている女たちの方が神に近いところにいるなんても思ってしまう。
極端なんだよな、俺の思考回路って。



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この攻略シリーズ、今後も続けるつもりでいる。
次は、エドサ周辺にしようかな。

by wakahiroo | 2005-08-18 11:56 | ○マニラよたよた歩き
2005年 02月 23日

スーカットからマラテまで歩く

久し振り、歩いた。歩いた。
朝10時半にSMスーカットを出発した。
SMスーカットまでは何十回も歩いているので、そこまではジープニーに乗った。
目標点のマラテ教会に到着したのは、4時半。
途中、マクドナルド等で何度か、水分補給と休憩をしたものの、ほぼ6時間、歩き通した。
結構、やればできるじゃない。まだ、しばらくは生きれるかな。ハハ。

最近、ジープニーに乗ることが平気になった。
「パラ」と「バヤット」という2単語を知っていれば何とかなる。
身近にフィリピンの庶民を見られるのが楽しい。
足の悪い私には皆、親切にしてくれる。
運転手も慣れたもので、老人や子供、障害者がしっかり降りるまでは、決して車を動かさない。すっかりジープニー好きになってしまった。
始めは、乗れないと自分の方から心を閉ざしていたような気がする。
手足の悪い普通の人として生きる決心をしていたのに・・・・
弱気を排除して、何にでも挑戦してみるさ。
フィリピンにいると、なんだか、それが可能な気がしている。

とにかく、「よたよた歩き」の予行演習はかなりやってはいた。
今住んでいるガッチャリアンから家を買うことになりそうなPamplonaまで歩いてみたし、Dr.A,Santos通り(スーカットロード)をすでに小刻みに、かなり歩いてはいろいろと調査(?)していた。

日本の道路と比べると、歩きにくさは、雲泥の差だ。
まず、大きな通りでも歩道というものはほとんど整っていない。
でこぼこしていて、あらゆるところに段差や突起物があり、大きな穴も開いていたりする。
通りに沿っていろいろなものが置かれているので、その間をぬって歩かなければならない。汚い水たまりも犬のウンチもあるし・・・
また、通りまで突き出して車が駐車しているので、どうしてもジープニーやトライシクルの疾走する車道に出なければならない。
とにかく、注意力を全開にして歩く。したがって、街や人々の表情を見たりする余裕はない。

NAIA(ニノイ・アキノ・インターナショナル・エアポート)の横を抜けていくバクラランまでの路は、しんどい。二度と歩く気はしない。
埃っぽく、目を休めてくれる景色は何もない。
川に漂う悪臭、疾走する車の排気ガス。
スラムに近い街並みが続く。ポリタンクで売り歩く水売りの車、道路上、たらいの中でシャボンをぬりたくって水浴びする女の子、昼から所在なげにぼんやりとたむろしている男たち。私を見る視線もきつく、なんだか好意的でなく感じる。
ここも、やはりマニラの一断面に違いない。夜は、一人で歩く勇気はないな。
バクラランでも、若い男が道路に寝ている。とろんとした目つきをしてこちらを見ていたが、ぞっとした。多分、ドラッグなのだろう。

ロハス・ブルバードに出るとほっとする。
緑も多く、目標となる建造物があるので、歩きやすい。
人々の身なりもきちんとしていて、身の危険は感じない。
どうも、私の身なりが一番汚いようだ。
ロハス・ブルバードの反対側は、昔、海だったよな。今は埋め立てられて光景がすっかり変わってしまった。今昔の感にしみじみとし、意外なところで、歳をとったなあ、と感じてしまった。
マニラもどんどん変わってるぜ。俺はくたばるだけか、ハハハ。
神様、もうちょっと、時間をくださいな。
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出発点のショッピングモール、SMスーカット
歩道橋上でこの写真を撮っていると、写真に映っているガードマンが寄ってきて
「ノーピクチャー」
軍事施設じゃあるまいし、
「フワイ キャント アイ テイク ア ピクチャー?」
タガログ語で「ぺらペらぺらペらぺらペら」
結局、理由はわからなかったが、フィルム(カードか)は没収されずにすんだ。
多分、モールの拡張工事をしているので、それを撮られたくなかったのかな?

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ダンパのシーフッドマーケットの前を通る。
両側にレストランの並ぶ通りが4本ある。
ここは、近くて安くておいしいのでよく食べに来る。
この辺は埃っぽく、歩きにくい。

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右に曲がれば、国際空港。
一応、歩道は整っているのだが、日陰がほとんどなく、容赦なく照りつける太陽の下、排気ガスの中を歩くのはしんどい。
フィリピンの太陽光線は日本のそれと違うからなあ。下手すりゃ、熱射病だぜ。


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ロハスブルバードは緑が多い。なんだか急に歩きやすく感じられた。この通り沿いには、日本大使館がある。写真も撮ったけど、うまく撮れなかったので、没。
その他、ホテル、病院、官公庁などが並んでいる。

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途中、信号機のない、あっても役立っていない、広い通りを3本、渡らなければならなかった。
ここ(EDSA)は、半端でなくこわかった。バスやトラックやジープニーのビュンビュン飛ばす道路の真ん中に一人、取り残されたときは、オシッコをちびりそうになった。いや、多分ちびった。
「ええい、はねるなら、はねろ!どうせ、半分、死んだ身だ!」と気合を入れて歩き出した。ドライバー君たち、ちゃんと避けてくれるじゃないの。
学んだね、人を信じることの大切さを。
人を信用しないと人生(道路か)は、渡れない。ハハハ。
フィリピンで道路を渡るときのコツ
地元の人の後ろにぴったりくっついて渡るのが一番安全でこわくない。
一人で渡らなければならないとき、まず車間がある程度あることを確認する。
後は、あまり、車の方を見ないようにして堂々と渡る。見ると、恐怖心がつのり、足がすくんでしまい、かえって危ない。車はちゃんとスピードを緩めてくれるよ。

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メトロポリタン美術館
東京にいても美術館、博物館の類にほとんど行ったことのない私。
ここは無縁の場所だよな。
でも、心を入れ替えて、今度、フィリピンのアートを鑑賞してみようかな。
何か、開眼したりして・・・
なになに、遅かりし、由良の介だって?
おいおい、人間、死ぬまで成長するんだぜ。

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マラテ教会の横の公園
右側に噴水がある。
左の建物は、チキンバーベキューのおいしい、有名なアリストクラト
この辺の変容は激しい。
最近、若者に人気があるらしい。

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マラテ教会到着!
とうとう、目標点のマラテ教会に着いた。
うれしかったね。久し振りの達成感。
教会の中には、何の催しか、盛装した男女が数多く見られた。
お祈りしたかったのだけれど、小汚いジイサンが気軽に中に入れる雰囲気ではなかった。
結婚式かな。

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カフェ・アドレアティコ
喉が乾いていたので、グリーンマンゴシェークとコーヒーを飲んだ。しめて150ペソ(300円)。
日本の値段にすると安いけれど、庶民のフィリピン人はここに来ないよ。
ここのコーヒーはおいしい。
以前、家族でこの近くの安宿に何度か、泊まったことがあるので、なじみのコーヒー店なんだ。




予定通り、3月に入ったら、帰ることにした。
3月3日の雛祭りだけど、まだ寒いんだろうな。
今回は、住居探しと購入が主目的だったので、ほとんど旅行には出かけないままに終わってしまった。

by wakahiroo | 2005-02-23 12:14 | ○マニラよたよた歩き