2005年 01月 25日

フィリピンの子供たち(bata ng Pilipinas) その1

世界中、どこへ行っても、子供たちはかわいい
屈託ないフィリピンの子供たちを見ているとこちらも幸せな気持ちになってくる。
天使の微笑み。神からの贈り物。
管理された世界の日常の些事に疲れた大人の心を癒す力を持っている。
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後ろに変なおじさんもいるでよ。

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女房の弟達の子供を通じて、近所の子供達とも仲良くなった。
通りがかりに手を振ると、皆、にっこり笑って「サドォ~、サドォ~」と言って手を振ってくれる。なお、サドは私の本名なんだ。日本のの子供達なら、間違いなく、無視してシカとする。

少子高齢化で、子供の姿がめっきり少なくなった日本からフィリピン来ると、なんだかホッとする。
通りにどこからともなく子供たちが湧いてくる。夕方、遅くまで遊んでいる。
習い事も塾もないんだよな。
私の子供時代の風景とよく似ている。
日本の子供が管理される前の風景さ。

我が家は、どちらかというと教育熱心の家庭だったけれども、私は幼稚園へ行っていない。
小学校時代、家で勉強した記憶もほとんど無い。
夕食後、お袋に漢字の書き取りの宿題をやるように言われて、泣きながら、汚い字で書きなぐって、抵抗したことを覚えている。今の子に比べると幸せだよなあ。
小学校から帰ると、夕方遅くまで、近所の洟を垂らした餓鬼共が集まって時間がたつのも忘れて遊びまわっていた。
チャンバラ、缶けり、ギョライスイテイなどなど、際限なく遊びは続く。
暗くなっても帰らないので、お袋が呼びきて、よく怒られた。
鼻汁をふくので、皆、服の袖がコテコテになって黒光りしていた。
日本はまだ貧しかったけど、子供たちは幸せだった。
子供の仕事は、遊ぶことなんだ!
当たり前のことだけど、もうひとつ。
物が豊かであることと幸せであることは同義じゃないんだ!

ギョライスイテイ。
不思議なことに名前だけは記憶している陣取りゲーム。今考えると、魚雷推偵かな?
帽子を後ろにしたり横にしたりして2本の電柱を陣にして二手に分かれて夢中になっていた。コンピューターゲームに似ているものがありそうだよな。
でも、身体を100パーセント、使っているだけに、はるかに健全だよな。


フィリピンの町並みを歩いていると、「KUMON MATH AND READING」という看板を見かける。
公文?、おいおい、変なもの輸出するなよ。
時代の流れなのかよう。ああ、フィリピンの子供達も管理されていく。
でも、経済状況からいってもまだまだだよな。
ハハ、一安心。

by wakahiroo | 2005-01-25 11:02 | ○フィリピン点描


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